ことの芽

落書き

「魂」 前編

花咲き乱れる春の陽気。

役人は少し埃の付いた窓を眺めていた。

生い茂る草木、日焼けしたコンクリートの壁。

すると、遠くから車が近づいてくる。

役人はしわがれた声で呟く。

「また一人、生まれ変わるのだろうか」

役人が戸を出ると、担架に乗った老女が運ばれてきた。

老女の夫は言う。

「結衣を蝶にしてください」

役人は頷き、老女を施設内に運ぶ。

看板にはこう書かれている。

”〇〇市意識具体化施設”

役人は優しく語りかける。

「準備はいいですか?」

老女は僅かに頷いた。

役人はコップを取り出し、黒い液体を注いだ。

そして役人はコップを老女の口につけ、液体を飲み込ませた。

老婆は微かに笑い、しばらくすると力を抜いた。

役人の前に現れたのは、淡い青色の魂。

役人は慎重に魂を箱に取り込み、屍をその場で火葬した。

「ご冥福をお祈りします」

役人は手を合わせた後、伝票を箱に貼り付けた。

”宛先 〇〇県生命持続センター”


役人は肩を下ろし、自室に戻った。

壁に掛けられていたのは、使い古しのカレンダー。

次の日に、「退職」と書かれている。

役人は今までのことを思い返した。

10年前、この仕事に就いた時のこと。

さらに、この仕事に就く前の街の様子。

窓を見れば、林の奥に寂れた街が見えた。

人通りもほとんどなく、看板は傾いている。

役人はしばらく感傷に浸っていると、突然涙を流した。

それは役人が今まで直視せずにいた孤独によるものだった。

役人は外に出て、好きな花を愛でた。

しかし、涙はその程度で収まるはずはなく、土を濡らすばかりだった。

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ことの芽 落書き @rakugakitori

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