Section_4_2c「かっこよくて、頭も良くて——」

## 7


「でも、花村さんには——もっといい人がいるでしょ」


木下くんが諦めたような口調で言う。


「もっといい人って?」


「かっこよくて、頭も良くて——」


木下くんがちらりと航の方を見る。


「航くんみたいな人」


航みたいな人。


確かに、航は素敵だけれど——


それが彩乃の好みとは限らない。


「彩乃の好みは、よくわからないけど……」


私が言いかけて、はっとした。


そういえば、昼休みの彩乃の様子。


「誰も好きな人いない」と言った時の、あの表情。


もしかして——


「でも、諦めるのは早いと思う」


「え?」


「彩乃だって、木下くんのこと嫌いじゃないと思うよ」


嫌いじゃない、どころか——


もしかしたら、彩乃も木下くんのことを——


「本当?」


木下くんの目が、ぱっと輝いた。


「本当よ」


私は、確信を持って答えた。


昼休みの彩乃の様子を思い出すと——


きっと、彩乃も誰かに恋をしている。


そして、その相手は——


もしかしたら木下くんなのかもしれない。


「じゃあ……」


木下くんが期待を込めた表情になる。


「告白してみようかな」


告白。


それはいいアイデアかもしれない。


でも——


「ちょっと待って」


私が慌てて止めた。


## 8


「待つって?」


「いきなり告白は、リスクが高いんじゃない?」


リスク。


確かに、そうかもしれない。


もし彩乃の気持ちが違う方向にあったら——


友達関係まで壊れてしまうかもしれない。


「じゃあ、どうすれば……」


「まずは、もう少し仲良くなってみたら?」


私が提案すると、木下くんが首をかしげた。


「仲良くって、もう仲良しだよ」


「そうじゃなくて——もっと特別な関係に」


特別な関係。


「例えば、二人だけで出かけてみるとか」


「二人だけで……」


木下くんが真剣に考え始める。


「でも、どうやって誘えばいいかな」


どうやって誘うか。


それは、確かに難しい問題だ。


「何か理由をつけて」


航が助言する。


「本屋に一緒に行くとか——映画を見に行くとか」


本屋、映画。


どちらも、自然な理由になりそうだ。


「でも、断られたらどうしよう」


木下くんが不安そうに言う。


「断られるかもしれないけど——やってみなければわからないよ」


私が励ますと、木下くんがゆっくりとうなずいた。


「そうだね……やってみる」


やってみる。


その言葉に、木下くんの決意が込められていた。


私と航の関係も——


最初は一歩踏み出すのが怖かった。


でも、勇気を出して告白したからこそ——


今の関係がある。


木下くんにも、きっと同じようなチャンスがあるはずだ。


## 9


「でも、俺からじゃなくて——奏っちから探りを入れてもらうのは駄目?」


木下くんが遠慮がちに聞いてくる。


「探りって?」


「花村さんが、俺のことをどう思ってるか……」


ああ、そういうことか。


確かに、それは効率的かもしれない。


でも——


「それはちょっと……」


私が躊躇していると、航が口を開いた。


「自分の気持ちは、自分で伝えた方がいいと思います」


「航くん……」


「僕も、最初は怖かったですが——やっぱり、直接伝えてよかったと思っています」


航の言葉に、説得力があった。


確かに、人を介して気持ちを伝えるより——


自分の言葉で伝えた方が、きっと相手にも響く。


「そうだね」


木下くんも、納得したようだった。


「やっぱり、自分で頑張ってみる」


自分で頑張る。


それが一番いい。


「応援してるから」


私が言うと、木下くんがにっこりと笑った。


「ありがとう、奏っち」


でも、まだ少し不安そうだった。


「もし駄目だったら——慰めてくれる?」


「もちろん」


私は即答した。


「でも、きっと大丈夫よ」


大丈夫。


私は、そう信じていた。


木下くんと彩乃——


お互いに、きっと相手のことを思っているはずだ。


あとは、そのきっかけがあれば——


きっと、うまくいく。


## 10


作業を終えて、三人で図書室を出る時——


木下くんが急に立ち止まった。


「どうしたの?」


「あのさ……」


木下くんが照れくさそうに言う。


「今度、みんなでお疲れ様会でもしない?」


お疲れ様会。


「いいアイデアですね」


航が賛成する。


「何のお疲れ様会?」


私が聞くと、木下くんがにやりと笑った。


「文化祭のお疲れ様会」


文化祭のお疲れ様会。


確かに、あれだけ頑張ったんだから——


お疲れ様会をしてもいいかもしれない。


「でも、みんなって?」


「図書委員と——あと、花村さんとか」


やっぱり。


木下くんの狙いは、彩乃を誘うことだったんだ。


「いいと思うよ」


私が賛成すると、木下くんが嬉しそうな顔をした。


「じゃあ、今度企画してみる」


企画。


きっと、木下くんなりに——


彩乃との距離を縮める作戦を考えるんだろう。


頑張って、木下くん。


私は、心の中でエールを送った。


そして——


私も、航との時間を大切にしよう。


限られた時間だからこそ——


一日一日を、精一杯過ごそう。


木下くんと彩乃の恋も——


私と航の恋も——


それぞれの形で、実らせたい。


みんなで幸せになれたら——


それが一番いい。


そんなことを考えながら、私たちは学校を後にした。


秋の夕暮れが、校舎を優しく包んでいる。


今日も、いい一日だった。


そして、明日も——


きっと、素敵な一日になる。

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