Section_3_2b「今週、航全然来ないね」
## 4
その日の放課後、私は一つの決心をした。
航に会えないなら——本を通して、何かを伝えてみよう。
『夜のピクニック』を再び借り出して、家に持ち帰った。
自分の部屋で本を開き、さっきの紙切れを見つめる。
『この言葉、とても印象的でした』
私も、何か書いてみようか。
でも、何を書けばいいんだろう。
航宛のメッセージ?
それとも、その本を借りた人へのお返事?
結局、私は小さな紙に、こう書いた。
『私も同感です。でも、同じ道を二度歩くことはできなくても、同じ本を読んで同じ気持ちになれるって、素敵なことですね』
書いてから、なんだか恥ずかしくなった。
これを読んだ人は、どう思うだろう。
変だと思われるかな。
でも、もう書いてしまったものは仕方ない。
私は紙を本に挟み込んで、明日返却することにした。
## 5
翌日の木曜日。
私は朝一番に図書室に行って、『夜のピクニック』を返却した。
メッセージを挟んだまま。
「早いですね」
司書の先生が感心したように言う。
「昨夜、読み終えちゃって」
「そうですか。面白かったでしょう?」
「はい」
嘘ではない。改めて読み返すと、やっぱりいい本だった。
そして、航がポップに書いた言葉の意味も、より深く理解できた気がする。
返却した本は、すぐに「返却済み」の棚に並べられた。
また誰かが借りてくれるだろうか。
そして、私のメッセージに気づいてくれるだろうか。
昼休みになっても、航は図書室に現れなかった。
もう三日連続で欠席している。
本当に体調が悪いのか、それとも——
私のことを避けているのか。
どちらにしても、心配だった。
## 6
金曜日の放課後、図書委員会の時間。
今日こそは航も来るかもしれない、と淡い期待を抱いていたけれど——
やっぱり、木下くんと私だけだった。
「今週、航全然来ないね」
木下くんが心配そうに言う。
「うん……」
「クラスでも、なんか元気ないって聞いたよ」
元気ない。
やっぱり、何かあったんだ。
そして、それは私と関係があるんじゃないだろうか。
作業をしながら、私は何度も返却本の棚を確認した。
『夜のピクニック』は、まだそこに並んだままだった。
誰も借りていかない。
私のメッセージは、誰の目にも触れることなく——
そのまま忘れ去られてしまうのかもしれない。
## 7
週末が過ぎて、月曜日。
私は相変わらず、そわそわした気持ちで学校に向かった。
今週こそは、航と普通に話せるだろうか。
昼休み、図書室に行くと——
「あ」
カウンターの前に、航が立っていた。
久しぶりに見る彼の姿に、私は思わず息を呑んだ。
でも、なんだか以前より痩せたような気がする。
心配していた通り、体調を崩していたのかもしれない。
「お疲れさまです」
航が小さく頭を下げる。
相変わらず、よそよそしい態度だった。
「お疲れさま……体調は大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
ありがとうございます。
また、事務的な返事だった。
航が手に持っていたのは——
『夜のピクニック』。
私がメッセージを挟んで返却した、あの本だった。
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