Section_2_1b「綾瀬さんと一緒だと、いいものが作れそうな気がします」

## 3


「ポップのデザインはどうしましょう?」


二十分ほど本の選定について話し合った後、航が次の話題を切り出した。


「デザイン……」


正直、私はそういうセンスに自信がない。


「曽我さんみたいに、おしゃれにできるかな」


「曽我さん?」


「生徒会の広報やってるから、ポスターとかすごく上手なんです」


「そうなんですか」


航が少し考え込む表情をする。


「でも、おしゃれである必要はないんじゃないでしょうか」


「え?」


「大切なのは、本の魅力を伝えることだと思うんです。デザインは二の次で」


本の魅力を伝えること。


「確かに、そうですね」


「綾瀬さんは、本について話すときすごく表情が豊かになりますよね」


表情が豊かになる?


「そんなことないと思いますけど……」


「いえ、本当です。その想いをポップに込められれば、きっと素敵なものになりますよ」


想いを込める。


航の言葉に、勇気づけられる。


「航くんは、どんなポップを作りたいですか?」


「僕ですか?」


「はい。詩がお好きだから、きっと言葉の選び方が上手だと思います」


航の頬が少し赤くなった。


「ありがとうございます。でも、僕の言葉は……」


「とても繊細で美しいです」


思わず本音を言ってしまってから、慌てる。褒めすぎたかもしれない。


でも、航は嫌そうな顔をしなかった。


「綾瀬さんと一緒だと、いいものが作れそうな気がします」


一緒だと、いいものが作れそう。


その言葉に、心臓がまた早鐘を打つ。


「私もです」


「本当ですか?」


「はい。航くんとなら、きっと素敵な展示になります」


素敵な展示。


私たちが見つめ合っていると、図書室の静けさがより深く感じられた。


でも、それは気まずい静けさじゃない。お互いの気持ちが通じ合っているような、心地よい静寂だった。


「あの……」


航が口を開く。


「次は、いつ作業しましょうか?」


次の作業。


また会える理由ができる。


「来週の委員会の後はどうですか?」


「いいですね。それまでに、候補の本をもう少し考えておきましょうか」


「そうしましょう」


私たちが話し合っていると、図書室の入口から声が聞こえてきた。


「あー、いたいた」


振り返ると、彩乃が手を振りながら近づいてくる。


「お疲れさま」


「彩乃、お疲れさま」


「中村くんもお疲れさまです」


彩乃が航にも挨拶する。航は軽く頭を下げて応える。


「何してたの?」


「文化祭の相談」


「文化祭? あー、図書委員の展示か」


彩乃が私たちを見比べて、にやりと笑う。


「二人で?」


「ポップ制作の担当になったので」


「へー、それは楽しそうじゃない」


楽しそう。


確かに、楽しそうだ。


「奏ちゃん、今日どう? 一緒に帰らない?」


「あ、うん」


彩乃の提案に頷く。航も立ち上がって、荷物をまとめ始めた。


「それでは、僕はこれで」


「お疲れさまでした」


「来週、よろしくお願いします」


航が去っていくのを見送ってから、彩乃が私の肩を突いた。


「どうだった?」


「どうって?」


「相談よ、相談。進展あった?」


進展。


「仕事の話だよ」


「嘘つけ。二人の空気感、すごく良かったじゃない」


空気感。


「そうかな……」


「そうよ。見てて微笑ましかったもん」


微笑ましい?


「どういう意味?」


「お互いを意識してるのが、すごく伝わってきた」


お互いを意識してる。


また木下くんと同じことを言っている。


「思い込みでしょ」


「思い込みじゃないって。中村くん、奏ちゃんを見る目が完全に恋する男子だったもん」


恋する男子。


その言葉に、胸がドキドキする。


「彩乃の想像よ」


「想像じゃない。女の勘」


女の勘って、何それ。


「とにかく、いい感じじゃない? 文化祭まで一か月あるし、その間にきっと——」


「きっと何?」


「きっと、もっと仲良くなれるよ」


もっと仲良く。


想像しただけで、期待で胸がいっぱいになる。


でも、同時に不安にもなる。


本当に、そんなふうになれるんだろうか。


## 4


家に帰る道すがら、彩乃が色々とアドバイスをしてくれた。


「文化祭準備って、恋が芽生えやすいタイミングなんだよね」


「そうなの?」


「うん。共通の目標に向かって協力するから、自然と距離が縮まるの」


距離が縮まる。


「でも、私たち普通に作業するだけだよ」


「普通に作業するだけでも、二人の時間が増えるでしょ?」


二人の時間。


確かに、これまでよりずっと長い時間を一緒に過ごすことになりそうだ。


「チャンスよ、奏ちゃん」


「チャンス?」


「もっと航くんのことを知るチャンス。それに、奏ちゃんのことも知ってもらえる」


お互いのことを知る。


「でも、どうやって?」


「自然にでいいのよ。作業しながら色々話すうちに、きっと色んなことがわかってくる」


色んなこと。


「例えば?」


「好きな食べ物とか、趣味とか、将来の夢とか……」


将来の夢。


航の将来の夢って、何だろう。


「あ、そうそう」


彩乃が思い出したように言った。


「作業中に、さりげなく褒めるのも効果的よ」


褒める?


「どんなふうに?」


「『航くんって、言葉の選び方が素敵ですね』とか『そのアイデア、いいですね』とか」


それって、今日もやってた気がする。


「でも、わざとらしくない?」


「わざとらしくないわよ。本当にそう思ったことを口に出すだけでしょ?」


本当にそう思ったこと。


確かに、航の言葉選びは素敵だと思う。


「男子って、認められると嬉しいものなのよ」


認められると嬉しい。


「それは女子も同じじゃない?」


「そうね。でも男子の方が、わかりやすく喜ぶかも」


わかりやすく喜ぶ。


航が喜んでくれたら、私も嬉しい。


「ねえ、奏ちゃん」


彩乃が急に真剣な顔になった。


「何?」


「この一か月、大切にしなよ」


大切に。


「なんで急にそんなこと言うの?」


「だって、こんなチャンスめったにないもん」


確かに、そうかもしれない。


「もし今回を逃したら、次いつこんな機会があるかわからないでしょ?」


次いつあるかわからない。


その言葉に、なぜか胸がきゅっとした。


「だから、後悔しないように頑張って」


後悔しないように。


「頑張るって、具体的に?」


「自分の気持ちに正直になること」


自分の気持ちに正直に。


「彩乃……」


「奏ちゃんは、もっと自分を信じていいの」


自分を信じる。


「私なんて——」


「私なんて、って言うのやめなよ。奏ちゃんはすごく魅力的なんだから」


魅力的。


みんなが同じことを言ってくれる。でも、なかなか信じられない。


「きっと大丈夫よ。奏ちゃんなら」


きっと大丈夫。


その言葉に、少しだけ勇気をもらう。


家に着いて、彩乃と別れた後、私は今日のことを思い返していた。


航と一緒にポップを作ることになった。


文化祭まで、約一か月。


その間、私たちはどんなふうに変わっていくんだろう。


そして、一か月後——


私たちの関係は、今とは違うものになっているんだろうか。

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