Section_1_4b「何企んでるの?」

## 3


「奏っち、顔赤いよ?」


木下くんの声で我に返る。


「赤くないよ」


「赤いって。鏡見てみなよ」


そんなこと言われても、図書室に鏡なんてない。


「それより、なんで急に読書会なんて言い出したの?」


「なんでって……面白そうじゃん」


木下くんがにやにやしている。


「本当にそれだけ?」


「うん、それだけ……じゃないかも」


やっぱり。


「何企んでるの?」


「企んでるって、人聞き悪いなあ」


木下くんが苦笑いを浮かべる。


「ただ、奏っちと航のこと、ちょっと気になってて」


ちょっと気になって。


「どういう意味?」


「いや、なんか最近二人の雰囲気が変わったなって思って」


二人の雰囲気。


「変わってない」


「変わってるって。今日だって、お互いを意識してる感じがすごく出てた」


お互いを意識してる。


図星だけど、認めるわけにはいかない。


「木下くんの思い込みでしょ」


「そうかなー?」


木下くんが首をかしげる。


「じゃあ聞くけど、昨日本当に仕事の話しかしてないの?」


「……」


答えられない。嘘をつくのは嫌だけど、本当のことを言うのも恥ずかしい。


「ほら、やっぱり」


「別に、やっぱりじゃないよ」


「でも答えられないってことは——」


「木下くん、しつこい」


少し強い口調で言ってしまう。木下くんは「おっと」という顔をして、手をひらひら振った。


「ごめんごめん。でも奏っち、素直になってもいいんじゃない?」


「素直って?」


「自分の気持ちに」


自分の気持ち。


「私の気持ちって、何のこと?」


「それは奏っち自身が一番よくわかってるでしょ?」


木下くんが意味深な笑顔を浮かべる。


この人、やっぱり全部見抜いている。


「私、別に——」


「奏っち」


木下くんが急に真剣な顔になった。


「俺ね、奏っちが変わったのを見てて、すごく嬉しいんだ」


「嬉しい?」


「うん。前の奏っちも素敵だったけど、今の奏っちはもっと魅力的」


魅力的。


「だから、もっと自分に自信を持ってもいいと思う」


自分に自信。


「木下くん……」


「航もきっと、そう思ってるよ」


航もそう思ってる。


その言葉に、胸がきゅっとした。


「どうしてそんなことがわかるの?」


「だって、航の奏っちを見る目が変わったもん」


見る目が変わった。


「いつから?」


「うーん、先週くらいから? あ、でも決定的に変わったのは昨日の後かな」


昨日の後。


書庫で過ごした時間の後ということ?


「どんなふうに変わったの?」


「んー、なんて説明すればいいかな……」


木下くんが天井を見上げて考える。


「前は、奏っちのこと『優秀な委員長』って感じで見てたと思うんだけど、今は違う」


「今はどんなふうに?」


「『気になる女の子』って感じ」


気になる女の子。


その言葉に、心臓が跳ねる。


## 4


「木下くんの想像でしょ?」


「想像じゃないよ。観察した結果」


観察した結果って、何それ。


「木下くんは探偵なの?」


「探偵じゃないけど、人間観察は得意なんだ」


人間観察。


確かに、木下くんはクラスでも「空気を読むのが上手い」と言われている。


「例えば?」


「例えば、航が奏っちの話をするときの表情とか」


「航が私の話を?」


「うん。この前、『綾瀬さんは本をよく読んでいますね』って言ってた」


それだけ?


「それって、普通の会話じゃない?」


「でも、言い方が違うんだよ」


言い方が違う。


「どう違うの?」


「なんていうか……大切な人のことを話すような口調」


大切な人のことを話すような口調。


想像しただけで、また心臓がドキドキする。


「木下くんの思い込みだよ」


「そうかなー? じゃあこれはどう?」


木下くんが身を乗り出してくる。


「昨日の夜、航から連絡があったんだ」


「連絡?」


「うん。『綾瀬さんに迷惑をかけてしまった』って」


航から木下くんに連絡。


そんなことがあったなんて、知らなかった。


「迷惑をかけたって?」


「閉じ込められたことについてだと思う。自分のせいで奏っちに迷惑をかけたんじゃないかって、心配してた」


心配してくれていた。


それを聞いて、胸が暖かくなる。


「でもね」


木下くんが続ける。


「航が誰かのことを心配して連絡してくるなんて、今まで一度もなかったんだ」


今まで一度もなかった。


「それって……」


「つまり、奏っちは航にとって特別な存在ってこと」


特別な存在。


その言葉が、胸に響く。


「木下くん……」


「どうせなら、もっと積極的になってみたら?」


積極的。


「積極的って、どういう意味?」


「例えば、今度の読書会で——」


木下くんが何か言いかけたとき、カウンターに新しい利用者がやってきた。


一年生の女子だった。


「すみません、貸し出しお願いします」


「はい」


私は慌てて仕事に戻る。でも、頭の中では木下くんの言葉がぐるぐる回っていた。


航にとって特別な存在。


本当にそうなのだろうか。


そして、もしそうだとしたら——


私は、どうすればいいんだろう。


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