13怖目 『折れ曲がった影』

 残業で遅くなってしまった。


 なんとか終電には間に合ったが、連日の残業で疲れが溜まっていたのだろう。


 いつの間にか電車の中で眠り込んでしまい、次に目を覚ましたときには、最寄り駅をとっくに通り過ぎていた。


 慌てて次の駅で飛び降りるように下車し、改札を抜けて駅前に出たが、道路にはタクシーどころか人の気配すら一切なかった。


 電話でタクシーを呼ぼうかとスマホを取り出したが、バッテリー残量は虫の息。画面が少し光った後、力尽きたように真っ暗になる。


 ――仕方ない、歩こう。


 静まり返った道に、歩みを進めた。


 閑静な深夜の住宅街。どの家も眠りにつき、街灯だけが冷たく夜道を照らしている。


 まるで世界に取り残され、自分一人しかいないかのような孤独感に襲われた。


 ――あとどれくらいで家に着けるだろう。


 少し歩き疲れ、道の真ん中で立ち止まると、そんなことを考えながら頭を俯かせた。


 街灯の白い光に照らされた自分の影が、足元に長く伸びている。


 なかなか歩き出せず、ぼんやりと影を見つめていると、影が突然――ぐにゃりと、あり得ない方向に曲がった。


 腰の影は、「く」の字に折れ曲がっている。


 慌てて自分の腰に手を当てるが、もちろん体はまっすぐだ。


 ――なんなんだ、これは……?


 動揺する私を嘲笑うかのように、今度は右腕の影が、正常な関節とは真逆の方向にぐにゃりと折れ曲がった。


 続けて左腕、右足、左足。


 ――ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。


 息が荒くなり、心臓の鼓動が耳の奥に響く。


 ――これ以上見てはいけない。


 そう思ったのに、目を逸らせなかった。


 ――ぐにゃり。


 今度は首の影が、横に不自然に曲がった。


 恐怖が限界に達し、私は一目散に走り出した。


 ――怖い。誰か、誰かいないのか。誰かがいる場所……そうだ、コンビニだ。コンビニなら誰かいる。どこだ、どこに……!


 自分がどこを走っているのかもわからない。ただ、人のいる場所を探していた。


 曲がり角を飛び出すと――あった! コンビニだ!


 明かりがついた建物。店内には、眠そうに商品を陳列する店員の姿が見えた。


 ――早く。早くコンビニへ。


 無我夢中で駆け出し――


 ――ドン!!!


 

 気がつくと、冷たいアスファルトの上に寝転がっていた。


 何が起こったのか理解できない。


 体は微動だにせず、首を動かそうとしてもまったく力が入らない。


 「……ご……ごひゅっ」


 肺が動かず、声にならない空気が喉から漏れる。


 かろうじて目だけを動かすと、目の前に前方がひしゃげたワゴン車が停まっているのが見えた。


 車のヘッドライトが私を照らす。


 自分の腕も脚も、不自然な方向に折れ曲がり、体は「く」の字にぐにゃりと曲がっていた。糸の切れたマリオネットのように。


 コンビニの方向から、「大丈夫ですか!?」と叫ぶ声がした。


 「あー……ダメだ。首が完全に折れ曲がってる……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る