第37話 恩賞
国王陛下への返答は、低い異国語とリュシアの声が重なったものとなって響いた。
「با
「ザフィルを王立蒼刃騎士団の騎士にしてください」
彼の言葉を聞いてすぐ、リュシアは「え?」とザフィルの顔を見上げた。
相変わらず彼の母語の意味は分からないが、自分の名が含まれていたことだけは聞き取れたからだ。
「なんて?」
リュシアが問うと、ザフィルは瞬時に顔を片手で被った。湯気が真横に噴出しそうなほど耳が赤くなっている。こんなにもザフィルが動揺するのは珍しい。
「いや、その、なんだ……」
リュシアにも分かる言語でしどろもどろになりながら、彼は片手で被った顔を天に向けた。まるで、羞恥に悶え苦しむようだった。
相当恥ずかしいことをいったのだろうと分かる。だが相当はずかしいことって、なんだ。
(……まさかザフィルの願いって、『リュシアと結婚させてください』、とか!?)
国を救った英雄が王様に願いを叶えるといわれ、姫との結婚を願い出る……それは確かにおとぎ話にありそうな、典型的な英雄の望みである。
でもそんな、まさか。
ね。
だってザフィルとはそういうんじゃないし……!
意識したらリュシアまで顔が熱くなってきてしまった。心臓が耳から飛びでそうなほど高鳴ってくる。
真偽不明ではあるが二人して真っ赤になるなか、ザフィルがひっくり返った上ずった声を出した。
「……国王陛下」
こほん、と咳払いして声の調子を戻すと、ザフィルは続けた。
「リュシアに結婚相手を選ぶ自由を与えてやってほしい。それが俺の望みだ」
……あ、そういうこと。
ザフィルの言葉を理解したリュシアは、気まずくなって、引き結んだ口がムニムニと動く。
だから私の名前が出てきたんだ。結婚は結婚でもそっちか。
勘違いしちゃった。恥ずかしい! まったく、私はなにを考えていたんだろう――。
と、そこまで考えてハッとなって真っ赤な顔でザフィルを見上げる。
「えっ、それって……!?」
結婚相手を選ぶ自由。
それは、公爵令嬢でありながら、親が決めた婚約者と結婚しなくてもよくなる、ということ。つまりはルネと結婚しなくて済むし、婚約申し込み書のなかから無理をして好みの筋肉を探さなくてもいい、ということだ!
ザフィルは片手を降ろして顔を解放すると、頬を朱色に染めたまま、真剣な表情で頷いた。
「あんたは重力の巫女だ、リュシア。結婚相手は自分で選べ。神はあんたを通してその意志を示す」
それから、ゴツい体格に見合わないくらい可愛らしく首を傾げた。
「あんたはその願いでいいのか? 俺はエルネスト殿下との縁をもう持っている。自分で騎士団に推薦してもらおうと思っているが……」
「より確実に、あなたを騎士にしたいの」
今回の活躍もあるので、エルネストがザフィルを騎士に推薦してくれる公算は高い。
だが、あくまでも予想である。もしかしたらエルネストはザフィルを騎士に推薦しないかもしれない。確実ではないのだ。だから、100%の確実さが欲しかった。
リュシアの真剣な瞳を見おろしていたザフィルの琥珀の瞳が、不意に柔らかく緩んだ。まだ赤い頬が、午前の日差しを受けて薔薇色に輝く。
「……そうか。ありがとう、リュシア」
「さて」
と国王陛下は切り出した。
「双方の願いはそれでいいのだな? 特にザフィル殿――」
国王陛下が頬に微笑を作ってザフィルを振り向く。
「そなたは本当にそれでいいのか? 変更はまだ受け付けるぞ」
「構わない」
「よろしい」
陛下は、ベッドに半身を起こしたリュシアとベッドサイドに発つザフィルの顔を交互に見つめると、手を大仰に広げてみせた。
「ならば今ここで承認しよう。リュシア・ウォルレイン、ザフィル・フィルーズ――二名の救国の英雄の願いである『ザフィルを王立蒼刃騎士団に騎士として入団させる』、『リュシアの結婚相手を選ぶ権利をリュシアに与える』は速やかに執行される。栄光あるラグナリード王国第17代国王である余、テオドリクの名において!」
堂々たるその宣言に、リュシアはベッドに腰を下ろしたままスカートの裾をつまんで頭を下げ、深々と淑女の礼を捧げた。
国王陛下の隣に立つザフィルも、陛下に向かって、胸に拳を当てて腰を折る最敬礼をとった。ボロボロに裂けた正装でさえ、その敬意と所作を曇らせることはない。
リュシアの望みとザフィルの願いが、一挙にかなえられた瞬間だった。
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「با
リュシアと結婚……。
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