第31話 本気のルネ

 ルネは肩甲骨辺りまで伸びた淡い金髪を今日はそのまま降ろし、前髪を上げてできた秀でた額の下で、銀色の目を眩しそうに細めてリュシアを見つめていた。

 フォーマルな時用の髪型、ということだろう。なかなかにビシッと決まっている。


 大仰に両手を広げると、彼はリュシアの目の前で一礼した。


「社交界におかえり、リュシア。君のドレス姿を見るのは半年ぶりだね」


 周りの女性たちの視線が一斉にこちらを向いたのがわかる。ルネはいつでもこうして注目を集める。女性的に美しく整った容姿は華があるし、背が高いのも魅力的だから。それに騎士という肩書きもポイントが高い。彼は全体的に女性受けするのだ。


 しかし背丈はザフィルの方が高いし、剣の腕だってザフィルの方が上だろうし、そもそもザフィルのほうが優しいし頼りがいがある。ルネと違って口うるさくないし……。


 頭の中であれこれとザフィルと比較している自分に気がついて、リュシアはキョロキョロと辺りを見回した。

 ザフィルはロッシュ家の世話になっているのだから、ルネとともに舞踏会に来たはずだ。ザフィルはどこだ?


「冒険者としての君もワイルドで素敵だったが、今の君は……眩しいくらいだ」


 本当に眩しそうに目を細めて見つめてくるルネに、「ありがとう」と口先で答えつつ、目線でザフィルを探した。


「ザフィルはどこ? 一緒に来たんじゃないの?」


「……彼はなかなかの人気でね」


 ルネは薄く微笑んで答えた。


「ここに着いた途端、ご婦人方に取り囲まれていたよ」


 どうやら君もそのうちの一人みたいだけど――という続く愚痴は、周囲の喧噪に紛れてリュシアには聞こえなかった。

 それより、『ザフィルはご婦人方に囲まれている』という言葉の方が気になった。


「だがリュシア、いま君は私と話しているのだから、私に集中するのが礼儀というものではないのかな? 君はいつも自分に興味なることに全力になるきらいがあるが、貴族に復帰したからにはそういった散漫さは人を傷つけることになると知らなくてはいけないね」


 ルネのお説教が始まってしまったが、リュシアは言葉が右耳から左耳に貫通するのをイメージしながらひたすらにザフィルのことを考えていた。


 着飾った女たちに取り囲まれて、たとえば「その素晴らしい腕に触ってもよろしくて?」と二の腕を指で撫でられたり、「胸板を直に見てみたいわ」と流し目を送られたりしているのだろうか。


(もしかしたら、お酒を呑ませられそうになってたりして)


 それはいけない。また倒れてしまう!


 それに、と心を切り替える。


 ここはもうじき王位簒奪を防ぐ戦場となるのだ。早く彼を見つけて、ともに戦う安心感が欲しい。


「私、ザフィルを探すわ。じゃあね」


 身を翻して去ろうとするリュシアの手首を、ルネが掴んだ。


「待ちなさい」


 まるで逃げる子猫を捕まえるような、思いのほか強い力だった。


「いろいろまだまだ言いたいことはあるが、君は私と踊るべきだと思うんだけどね」


「ちょっ……」


 振りほどこうとするも、もう一方の手がそっと、だが迷いなく反対の手首を包み込んでリュシアの行動を制止した。

 そうして、彼はリュシアを自分に向き合わせる。


「私は君の婚約者なんだから、それぐらいの気配りはしてくれてもいいだろう?」


「だから、それは認めないって言ってるでしょ」


 圧迫感に反発するように声を上げる。早くザフィルに会いたいという想いが、苛立ちとなっていた。


「私はザフィルに用があるの。早く見つけないといけないんだから――」


「公爵家の令嬢が、自分で結婚相手を選べると本気で思っているのか?」


 リュシアの言葉を遮ったルネの銀色の瞳は、鋭くリュシアを射貫く。


「君がザフィルに並々ならぬ感情を抱いているのは分かっている。だが、君に合うのは私だ。君は私のものなんだよ」


 ルネの銀色の瞳が、切なげに揺れる。リュシアはつい視線を外した。ルネが本気であることが伝わってきたからだ。


 ……それでも。


「ザフィルならそんなふうには言わないわね。私の意志を尊重してくれるから」


 そういうザフィルの態度がすごく心地よかったのだと、今になってリュシアの胸に染み渡る。


「君は私を受け入れてくれないけれど……」


 銀色の視線が絡んで解けない。


「いつかこの想いが君に届くと信じている。……リュシア、」


 好きだよ、という言葉を彼の唇が紡いだ気がした。

 だが、それは聞こえなかった

 ルネの二の腕をぐいっと取ったものがいたからだ。


「あら、このわたくしを放っておくおつもり?」


「「え?」」


 リュシアとルネは揃って声の方を向く。


 髪をアップにして豪華なティアラを乗せた女性が、早くもルネの二の腕に自分の細腕を絡ませたところだった。


 見覚えだけは存分にあった。なにせその人物は誰あろうリュシアの姉なのだから。




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