第18話 冒険の日々
通された豪華な部屋で、商談は成立した。
レイノルズは『澄明の雫』に大枚を払うこととなった。どれくらいかといえば、レイノルズ曰く、公爵令嬢の結婚式を3回は挙げられるくらい、である。
それはいかにも大げさな比喩だった。リュシアは元公爵令嬢だから分かるが、これではせいぜい結婚式3分の1程度がいいところだ。
が、大金であることは確かだ。
こうして二人は、冒険者になってすぐに、贅沢をしなければ2年は余裕で暮らせるほどの大金を手に入れたのだった。
二人は得た金で、冒険に必要なアイテムを買いそろえ、同時に剣を研ぎに出したりもした。リュシアは、常宿を予定よりワンランク上の宿にした。それでももともと持ってきた軍資金もあり、当分の間は宿泊費に頭を悩ませなくてすむだろう。
ちなみにザフィルは金があっても宿のランクを変えようとはせず、変わらずに安宿を使うとのことだった。
冒険の準備を整えたリュシアは、『銀の円卓』で本格的に仕事を始めた。
最初のうちは、薬草の採取や森の害獣退治など簡単な仕事をこなして腕を慣らしていった。ザフィルとの縁は続いていた――『採用試験のパーティの縁はあとあとまで響く』の言葉通りになったのだ。
初心者向けの依頼で感覚を掴んだあとは、中級者用の依頼に挑戦しはじめた。田舎の村を襲ってくる小型の魔物を倒したり、ダンジョンの浅い層に潜って資材を狙いつつ魔物を討伐したりするのだ。
リュシアが落とし穴で敵をはめ、そこにザフィルがとどめを刺す――そんな定番の戦法が、自然とできあがっていった。
その連携によって二人はさらに順調に冒険を積み重ねていき、ついには上級依頼にまで手を出すようになった。盗賊団の壊滅を頼まれたり、危険な研究をする魔術師を止めるために、魔術師が召喚した魔界の魔獣と戦ったりもした。――そして、そのたびに依頼を成功させていった。
空を飛ぶ魔物との戦いで、重力属性の新たな使い方も開発した。地に落とし穴を開けるイメージを、飛んでいる魔物に直接ぶつけるのだ。そうすると、魔物は面白いほど簡単に地に落ちた。地に落ちてしまえばこっちのもので、あとはいくらでもザフィルがとどめを刺してくれた。
そうやって倒した敵を戦闘後に弔うことも、ザフィルはずっと続けていた。
リュシアは活躍をするたびに、「自分の属性は重力だ」と言い続け、実力で周囲に浸透させていった。
最初は「重力?」「土属性じゃないの?」と訝しがっていた人たちも、リュシアがどんどん依頼をこなしていくうちに、「重力属性ってすごいんだね!」と受け入れていった。
……実績が噂になり、噂が実績を補強していくにつれ、リュシアの名はフォルラーデはおろか周辺都市にまで広がっていた。
ザフィルもリュシアに負けないくらい名を挙げた。
もっとも彼の場合はリュシアよりも単純で、ただただその剣技が凄いという噂が一人歩きしたのである。大岩を真っ二つにしたとか、巨大な竜を一撃で倒したとか。……もちろんそれはただの噂でるが、本当にそんなことをしそうな強さをザフィルが持っているのは間違いない。
ザフィルの目標である『冒険者として名をあげて、貴族に王立騎士団に推薦してもらう』にも、手が届いている――という手応えがあった。あとは貴族と縁ができるのを待つだけだ。それは、時間の問題とも思われた。
恥ずかしいから口には出さないが、バディがザフィルでよかったと、リュシアは心から感謝していた。
彼は相変わらず素晴らしい筋肉美を誇っていたし――もしかしなくても、それが一番リュシアにとってはありがたいことだった。
だからといって、別にザフィルとどうこうなりたいわけではない。盛り盛りの筋肉を毎日間近で見ることができるだけで、リュシアにとっては十分すぎるほどのご褒美だったから。
……そんな活躍の日々が続き、冒険者登録をしてから半年ほどが経ったある日のこと。
「見てみろ、リセ」
朝一番で、冒険者ギルドの掲示板に張り出された依頼書を片っ端から見るという日課をこなしていたザフィルが、一枚の依頼書を指さしていった。
「これ、いいんじゃないか? 俺ら向けだと思うが」
「どれ?」
と彼が指さす依頼書の内容を確認すると、それは氷龍の角の採取をしてほしい、との依頼だった。依頼書の難易度ランクは、SSSとなっている。最高難易度の中の最高難易度だ。
リュシアは腕を組んで不適な笑みを浮かべた。
「うん、なかなかいいセンいってるじゃない。そろそろ龍と戦ってみたいと思ってたところだったのよね。私の重力が龍種にどれだけ通用するか興味あるから」
「大した度胸だ」
ザフィルはにやりと笑って、眩しげにリュシアに目を細める。
「あんたは本当に強くなった。……いや、最初から強いんだが」
「そうよ、私は最初から強いの。だって私、重力属性だもの」
とリュシアは胸を張った。今では誰もが重力属性を知っている。リュシアが実力で広めたのだ。
「やっぱり私、冒険者が天職だったんだわ。誰に気兼ねすることなく落とし穴を作れるし、しかもそれが役に立つんだもの」
最近では落とし穴だけではなく、物の重さを増減させることにも挑戦中なのだが――これはまだ感覚を掴めきれていないから、ザフィルには言っていない。
「落とし穴を作るなって説教してくる人もいないしね!」
とリュシアが笑って付け加えるのはルネのことだ。ご丁寧にも「人に向かって落とし穴を作るのはやめろ」との説教を繰り返してきた幼なじみの騎士である。
「なんだ、まだ根に持ってるのか」
ザフィルが呆れたように言うので、リュシアは眉をしかめて頬を膨らませた。
「当然でしょう? ずーっと言われ続けてきたんだから。一生忘れてやらないわよ!」
「……その幼なじみとやらは幸せ者だな。あんたにずっと覚えていてもらえるんだから」
「恨み辛みだけどね」
最近は、そのあたりの事情をいつザフィルにちゃんと打ち上けようか……などと考えるようになっていた。つまり、冒険者リセではなく、元公爵令嬢リュシアとしての自分を教える、ということだ。
別に言わなくたって構わないのだが、彼に本名を知ってもらいたい、あの低くて魅力的な声で本名を呼んでほしい……そんな欲求が、いつの頃からかリュシアの心に生まれていた。それだけ彼に心を許しているということだろう。
――ふと、思う。
思い立ったが吉日というではないか。いまがチャンスかもしれない。
(だったら、行動しちゃいましょう!)
リュシアは意を決して口を開いた。
「……ねえ、ザフィル。話があるんだけど」
「なんだ?」
改まったリュシアの態度に、ザフィルもまた表情を硬くする。
だが、リュシアが自分の口でザフィルに本名を告げる日は永遠に来なかった。
「――リュシア!」
聞き覚えのある男の声が、リュシアの本名を、ザフィルの目の前で呼んだからである。
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