第15話 滅びた国の騎士

 ふと、枯れ木や枯れ草が燃える匂いがリュシアの鼻に届いた。


 ザフィルの故郷で内乱が起こったときに時に巻き起こった炎の舌も、こんな匂いだったのだろうか……。


「俺は戦地で敵を倒すほうが性に合っていて、志願して王族の近くを離れていた。……突然の襲撃で城が陥落したと聞いたときには、俺は戦地の陣営で祝杯を挙げていたよ。陽動であることにも気づけずに、小さな戦況の変化に浮かれてな」


 ザフィルはそこで言葉を切ると、顔を伏せてとつとつと続ける。


「国も王族も失った俺は、一転して狩られる側となった。生き延びるためにとにかく逃げるしかなかった。……西へ、西へとな。だが、俺の胸には一つのしこりがあった」


 ぐっと、分厚い胸板に褐色の拳を当てる。


「最初は逃げることに精一杯だった俺だが、だんだんとそのしこりが大きくなっていった。……王族を守れなかった自分が、吐くほど嫌いだった。やり直したい、やり直したいと、そればかり考えるようになった。俺は、あの日に戻りたい。だから――」


 ザフィルは、再び顔を上げた。静かな決意がみなぎった表情だ。


「やり直すことに、決めた」


「どうやって……?」


 守るはずだった王族や国は、内乱によってすでにない――ザフィルはそう言ったばかりである。

 やり直すといったって、まさか時を戻すこともできまいし。


「新たな国で、騎士になる。……あのとき守れなかった幼い王子殿下の分も、今度こそ、俺は守ってみせる」


 ザフィルはわきに置いた曲刀を取り上げると、炎にかざした。炎を跳ね返す三日月のような刀身は、鋭利で美しい。まるで彼の決意そのもののようだ。


「……だが、いざ王族をお守りする騎士になろうと決意をしたはいいものの、流れ者にそんな重役を任せてくれるような国はなかった。なにせ王族を相手にするわけだからな。だが、あるときこんな噂を聞いた」


 そこでザフィルは、曲刀を焚き火に向かってまっすぐに構える。


「ラグナリードという国では、たとえ流れ者でも王立騎士団に入れる可能性があるらしいじゃないか。貴族の推薦を受ければ誰でも王立騎士団に取り立ててもらえるそうだから。……結局は自分の子弟を効率よくエリート集団に入れるための貴族の仕組みだが、どこの馬の骨とも分からない俺にとってもありがたいシステムというわけだ」


「じゃあ、あなたは冒険者として名を挙げて、貴族に自分を推薦させるつもりなのね?」


 冒険者受付カウンターの前で、彼がいっていたことをぼんやりと思い出す。


『騎士になるために冒険者になる必要がある』とかなんとかいっていた。あれはつまり、そういうことだったのか。


 彼は曲刀を下げると、不敵な笑みを浮かべて頷いた。


「そうだ。冒険者として活躍し、武勲を挙げ、貴族からの覚えをめでたくする。貴族の依頼を直接こなすのもいいな。それで俺の存在を認めてもらう。そして晴れて推薦を受けて王立騎士団に入る。それが俺の目標だ。完璧だろ?」


 そういって微笑む彼の口端はいつものように上がっていて、琥珀色の目の奥には強い信念が宿っている。


 ただの美筋肉男だと思っていたのに。壮絶な過去と信念を持ち合わせ、失ったものを取り戻そうとしている男だったとは……。


「……俺は話したぞ。次はあんたの番だ」


「え……?」


 当惑の声をあげるリュシアの横で、彼は曲刀を鞘に入れて脇に戻すと、剥き出しの膝の上に頬杖をついた。割れた腹筋がきゅっと引き締まっている。

 暗い琥珀色の瞳が、リュシアの心を覗き込もうと輝いていた。


「俺の事情を話したんだ。次はあんたがどんな理由で冒険者になりたいのか、教えてくれてもいいだろう。あんたの夢はなんだ?」


「私の、夢……」


「そうだ。教えてくれよ、相棒バディ


 まるでこれから始まる演劇を楽しみにしているような、そんな期待の眼差しだった。


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