第1章 学校初日

第1話 AIの評価

 入学式が終わり、私たちはそれぞれの教室に戻った。


 春の陽射しが差し込む教室には、緊張と期待がまだ空気の中に残っている。


 制服に着られているような新入生たちの視線がちらちらと交差し、誰もがまだ、自分の居場所を探しているようだった。


 やがて、扉が開いて担任の先生が教室に入ってきた。


 高いヒールの音がカツカツと床に響く。教壇の前に立ったのは、長い黒髪をきちんと後ろでまとめた、キリっとした若い女性だった。


(女性の先生なんだ……)


 凛とした佇まいに、一瞬だけ身が引き締まる。だけどそのすぐあと、先生はふわっと笑った。


「皆さん。入学おめでとうございます! 今日から一年間、担任としてよろしくお願いします。仲良くやっていきましょうね」


 優しい声。お祝いの言葉に、教室全体が少しだけほっとした空気に包まれる。


(よかった、優しそうな先生で)


 私はそんなことを思いながら、前を見つめた。


 だが次の瞬間、先生の言葉が空気を一変させる。


「この学校は少し特殊ですから、早いうちに校則を読んでおくことをおすすめします」


(特殊?)


 先生はにこやかな笑みを浮かべたまま、教壇に置かれたタブレットを軽く指で叩く。すると、黒板の前方に白い幕が降りてくる。


 そして、その白幕にプロジェクターから「校則を読むべし」という文字が映し出された。


「入学式で配られた校則を読んで何かわからないことがあったら、遠慮なく先生に聞いてくださいね。それと……」


 一拍おいて、先生は人差し指を前に突き出した。


「皆さんに一つ注意です。この学校では、お風呂とトイレ以外のすべての行動が、監視対象になっています」


(え?)


 ざわ…ざわ…と教室が揺れた。


「監視が嫌だからといって、風呂場やトイレに長時間こもると、ペナルティがつきます。新入生にありがちな失敗なんですけどね」


 先生はくすっと笑った。


(冗談でしょ? なにそれ。なんでそんなことで笑えるの?)


 その笑顔が、妙に冷たく見えた。ゾクリと背中に寒気が走る。


(まるで、監獄じゃない)


「さて、入学式でお疲れでしょうから、堅苦しい話はここまでにしましょうか」


 先生はパチンと両手を合わせる。


「それじゃあ、今から自己紹介の時間です。トップバッターは、坂本君。お願いね」


 先生はウインクを送る。最前列の男子が、めんどくさそうに立ち上がった。


「俺の名前は坂本修だ。趣味は小説を書くこと。好きなことも小説を書くことだ。よろしく」


 淡々とした声が教室に響く。最前列で立ち上がった彼は、制服のネクタイを少し緩めながら、まるで小説の朗読みたいに話す。


(凄い、クセが強い男子だなぁ)


 教室に軽いざわめきが走ったあと、パチパチと控えめな拍手が起きる。


 坂本君は机の上のカードをひょいと持ち上げて、先生に視線を向けた。


「それと、先生。このカードなんだ? 小説の星が1000になってるんだが」


(えっ、1000? いやそれ絶対すごい数だよね!?)


 私はつい前のめりになる。


 先生は一瞬、目を丸くしたあと、手をパチンと打った。


「えええ!? 坂本君、入学の時点で星1000!? とっても凄いわね! ちょっと先生、今からサイン貰っちゃおうかしら?」


 先生はおどけたようにウインクしながら、スキップでもしそうな勢いで近づこうとする。


(先生、テンション高いなぁ)


 でも坂本君は、まったく動じなかった。むしろ、少し眉をひそめて言った。


「先生、カードの説明を聞いてるんですが」


(つ、強気だこの子)


 すると先生は「あらやだ」と口元に手のひらを当てて、くすくす笑う。


「ごめんなさい、そうだったわね。それじゃあ、せっかくだし、今からみんなにもカードの説明をするわね!」


 先生は手元のタブレットでプロジェクターを操作すると、教室の前方に「カードについて」という文字が映し出された。


「さっき、この学校では行動が監視されてるって言ったわよね?」


(うん。まるで監獄だよ)


「その監視データをAIが分析してまとめたものがこのカードよ。これを見れば、その人の能力や特徴が一目でわかるの」


 画面が切り替わり、ある生徒のサンプルが表示される。


 AI 太郎


 勉強 5/10

 運動 5/10

 努力 5/10

 会話 5/10

 素行 5/10


 特徴:ゲーム 星10


「このAI太郎君のデータを見てみてね。基本的には勉強・運動・努力・会話・素行の5つの項目を、AIが5段階で評価します」


「この5つは全員共通だから、目標にしたり、比較したりして活用してね」


(なにこのゲームのステータス画面みたいなカードは)


「最後の特徴っていう欄は、その人がどんなことをしてるか、何に打ち込んでるかでAIが判断するの」


「星の数は何人に一人の逸材かを示してるのよ。たとえば太郎君のゲーム星10っていうのは、彼が10人に一人の実力を持ってるってこと!」


 先生は指で星をなぞるようなジェスチャーをしながら話す。


「この特徴の星は、行動次第でどんどん変わるの。頑張れば頑張るほど伸びるってわけ。坂本君みたいにね!」


 その言葉にまた、みんなの視線が坂本君に集まった。さっきの話が本当なら彼は1000人に一人の小説家らしい。


 彼はカードを見つめたまま、周りの視線を気にもせずに席に着く。


(えー。この人、マジで小説に命かけてる系男子だよ)


「はいっ、それじゃあ、カードの使い方は以上! 自己紹介、続けましょうか!」


 先生はにこやかに笑って、次の生徒の名前を読み上げる。


 私は自分のカードを見つめながら、この学校の異様なシステムを、頭の中で繰り返していた。


(監視と数値で評価される高校生活っていったい、どんなのになるんだろう)




 湊 明莉


 勉強 6/10

 運動 7/10

 努力 8/10

 会話 7/10

 素行 8/10

 特徴:? 星0




 先生がそういったその時だった。


 教室の静けさを破るように、ガシャンという音が隣の席から響き渡る。


 私は思わずそちらを振り向く。


 するとそこには椅子が倒れており、床に崩れるように倒れている女の子がいた。

 制服の袖がずれて、細い腕が見える。肩が、小刻みに震えていた。

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