AIの評価ですべてが決まる学校で、私は「心」で選ぶことにした

志久野フリト

プロローグ

「アカリ、本当にいいのか?」


パパが不安そうな表情で私に問いかける。


やせ細った頬、最近のパパは本当に元気がない。


(病気のママの治療費、足りないんでしょ?)


私は、パパの目をまっすぐ見つめた。


「うん、大丈夫。ママを助けるためだもん。私が、ちゃんとお金を稼ぐから」


(本当は怖い。逃げ出したいくらい。でも……)


それでも、私は笑顔を作った。パパに、これ以上心配させたくなかったから。


「そうか、アカリ、お願いな。不甲斐ない父さんでごめん」


「謝らないで。パパのせいじゃないよ。パパこそ、もう倒れたりしないって、約束して」


「ああ」


パパの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。初めて見た。あんなに泣くパパの顔。

私もきっと、同じ顔をしてた。


この瞬間、私はもう子どもじゃなくなった。


こうして私は国立AI情報収集高校、通称「情報工場」へ入学した。


ここは、政府がAI研究のために設立した特別な学園。


生徒たちは一日中、監視カメラで行動を見張られ、感情や思考、反応のひとつひとつがAIに記録されていく。


もちろんプライバシーなんてない。お風呂とトイレ以外、すべての空間が「収集対象」だった。


(まるで、心まで覗かれてるみたい)


それでも、私はここを選んだ。


ここに入ると家族には高額の報酬が支払われる。


病気のママを助けたいという一心で私はここに入学することを決めた。

家族の中で誰かが犠牲になるなら、それは私がいいと思ったから。


私は制服の裾を握りしめて、無言で鉄の門をくぐった。




校門を入ってすぐ、私は手荷物検査を受けていた。


「はい、手荷物はこれでOKです。それではゲートを通ってください」


淡々とした職員さんの声。機械のような口調に、私は緊張して頷いた。


私がゲートを通ろうとした、その時。


「ブー」


不快な音が鳴り響き、職員さんが私のもとに駆け寄ってくる。


「すみません。なにか金属を身に着けていませんか?」


「あっ、これかも」


私は袖をめくって、腕時計を見せた。ママが中学の入学祝いにくれた、大切な時計。


「時計ですね。でしたら、こちらでお預かりします」


「えっ、持ち込めないんですか?」


思わず声が裏返った。


職員さんはにっこりと微笑んだ。でも、その笑顔に温かさは一切なかった。


「敷地内では、生体データ収集用の専用端末以外の時計は禁止なんですよ」


「じゃあ、預かりますね」


そう言って、彼女は私の返事を待たずに、時計をするりと奪い取る。


「あ、あの、卒業したら、その時計は戻ってきますか?」


必死に問いかける私を、彼女はほんの少しだけ、目を伏せて答えた。


「いえ、1か月後に処分されます。申し訳ありません」


「あっ」


返す言葉が見つからなかった。


ぼんやりしたまま、私は校舎へと足を踏み出す。それからのことはよく覚えていない。


ただ、一つだけはっきり覚えている。


それは、ママと過ごした大切な記憶のカケラ、思い出の腕時計がなくなってしまったこと。


そしてそのとき


遠くの階段の影から、誰かがこちらをじっと見ていた。


カメラのように無感情で、だけど、確実に「意図」をもった一匹狼のような視線だった。


新しい世界は、もう始まっていた。




入学式


校庭に設けられた仮設ステージの前で、私たち新入生は整然と並ばされていた。


空は青く晴れ渡り、春風が桜の香りを乗せて通り過ぎていく。


(桜の匂い、こんなに素敵だったっけ……)


ほんの一瞬、心がふわりと舞い上がりそうになる。


だけど、すぐに現実に引き戻される。頭上を飛ぶ監視ドローンの音。

その重く低いプロペラ音が、心地よさを打ち砕いていく。


中学の時の入学式とはまるで別物だ。


どこを見ても、誰も喋っていないし、笑ってもいない。

この空間すべてが見られている。それを、みんなが理解しているから。


(ここはそういう場所なんだ)


恐怖から、自然と手に力が入る。


(大丈夫。私はここで生活していける。ママの為だもん)


自分に言い聞かせるように、何度も心の中で繰り返す。


(この学校でやっていけるように、強くならなきゃ)


そんな時だった。


「続きまして、生徒会長、白河蓮より、新入生の皆さんへご挨拶です」


アナウンスが響いた瞬間、ぴんと張りつめた空気が揺れる。

誰かの歓声が、小さく破裂するように続いた。


「キャーッ! 白河先輩だよー!」


「うそ、ほんとに生で見れるんだ……」


ステージに現れたのは、制服を誰よりも美しく着こなした長身の青年だった。


濃紺のズボンから伸びる脚はまっすぐで、立ち姿には淀みがない。

横顔に映えるのは淡い金髪。そして。


なにより、あの瞳。


まっすぐで、でもどこか哀しそうで不思議な瞳だ。


それを見ていると、彼の視線がほんの一瞬、こちらに向いた気がして、私は思わず息を呑んだ。


「ようこそ、国立AI情報収集高校へ。生徒会長の白河蓮です」


彼の声は静かで、それでいてよく通る。


春風が名前を呼んでくれるように、すっと心の奥まで沁みていった。


「ここでは、君たちの行動一つ一つが記録され、評価されます。それを怖いと感じる人もいるでしょう」


(うん)


「でも、安心してください僕たち生徒会は君たちを守るために、ここにいます」


多くの人が固唾をのんで彼のスピーチを聞いている。

その言葉に、本当に救われたように、小さく肩を震わせた子もいた。


「僕も、最初は怖かった。でも、信じ合える仲間と出会えて、少しずつ変われたんです」


彼の言葉は、真っ直ぐで優しかった。


でも、どうしてだろう?  彼を見ていると胸の奥がざわついた。


「君たちが、自分らしく笑えるように。僕は、生徒会長として、全力を尽くします」


嵐のような拍手が起こった。


在校生だけじゃない。新入生の中にも、目を潤ませている子がいた。

私も気づけば拍手していて、胸の奥が、少しだけあたたかくなっていた。


(素敵な人だなぁ)


けれど同時に、思ってしまう。


(でも、あんなふうに誰かを導ける人が、もし私の弱さを知ったら……、どう思うんだろう?)


ステージから降りてきた白河先輩は、すぐに人だかりに囲まれた。


握手を求める手、質問攻めにする男子、スマホをこっそり向ける子。


「白河先輩って、マジでリアル王子じゃん」


「去年だけで告白三桁いったらしいよ。全部丁寧に断ってるんだって」


彼はそれでも、一人一人に穏やかに応じていた。

騒ぎの中心にいながら、不思議と孤独そうなその横顔を見て。


私はまた、先ほどの違和感を思い出した。


彼の背中が遠ざかっていくのに、どうしてか、とても近く感じたのだ。




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※基本は、午後6時10分の更新です!

※ただし、最初の10話は時間をばらけさせて投稿します。

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