23

 あまりに惨めなセックスが終わって、滉青はどうしていいのか分からなくなって、とにかく函崎から身を離し、ベッドの上に転がったまま、美雨と函崎に背を向けた。どんな顔をしていればいいのか、そして、そもそも自分がどんな顔をしているのかも、分からなかったのだ。

 隣で、函崎が身体を起こす気配があった。そのままベッドを降りた函崎は、微かな音を立てて衣類を身につけたようだった。

 「じゃあ。」

 ごく短い、挨拶にすらならない言葉。滉青ははっとして、身を起こして函崎を呼んだ。

 「函崎さん!」

 呼んだはいいけれど、そこから先、どうしていいのか分からなかった。今この場にふさわしい言葉なんか、ひとつも思い浮かばない。そんなものが、この世にあるとして。

 「なに?」

 函崎は、さっき路上で会ったときと同じように、ごく普通の調子で首を傾げた。危険なほどの色香は漂ったままだけれど、滉青を誘ったときみたいな、恐ろしいまでの暗い迫力のようなものは感じられない。滉青は、そのあまりの日常性に、なおさら言葉をなくす。

 函崎は、滉青がなにか言うのをしばらく待っていたようだったけれど、彼が言葉を見つけられずに、ただ、じっと身を硬くしているのを見ると、軽く唇を笑わせ、ネクタイを結び直すと美雨の髪をさらりと一度撫で、そのまま部屋を出ていこうとした。美雨は、じっと膝を抱えた姿のまま、ぴくりとも動かない。

 「待って。」

 なんとか身体の硬直を解き、滉青はその言葉を絞り出した。

 「なんで?」

 函崎は、やっぱりごく日常的な様子で、心底意味が分からないといった表情で、肩ごしに振り返り、首を傾げた。

 「なんでって……、俺が、出ていきますから。」

 「なんで?」

 「だって、」

 俺が脇役だから。

 その言葉は、上手く唇から取り出すことができなかった。だから函崎は、更に不思議そうな顔をして、首を横に振った。 

 「帰るよ。」

 そう、このひとには、帰る家があるのだ。あんなにも妖艶に滉青を誘い、性交に持ち込み、美雨にそれを見せつけて笑っていたこのひとには、帰る家がある。

 その事実に、滉青は眩暈すら覚えた。だってそんなの、あまりにも似合わない。

 「話し、してってください。」

 「話し?」

 「美雨さんと。」

 「美雨と?」

 やっぱり、全然ぴんと来ていない顔で函崎は首をひねるし、美雨はじっと座っているだけで、目を伏せて自分のつま先あたりを見つめている。

 話しをした方がいいと、滉青は喉がひりつくくらいに強く思った。このふたりが、どうしてこんなにこじれてしまったのかなんて滉青はまるで知らないけれど、とにかく話しを。それでほどけるようなこじれ方ではないのだろうと分かってもいるのだけれど、せめて、話しを。

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