美雨の身体は、水のようだった。男の思うままに形を変えるけれど、その本質は動かないし、冷たいまま。

 名前の通り、雨みたい。

 滉青はぼんやりそう思いながら、意識しなくてもたどれる慣れた手順で美雨を抱いた。滉青の手慣れた性交を、嫌がるおんなもたまにいるけれど、美雨はなにも言わない。

 美雨の身体も、美雨の部屋と同じように、なんだかさみしいような気がした。こういう身体だから、このおんなは、入れ代わりの激しい観音通りで、ずっと売れっこを張っていられるのかもしれない。

 行為が終わり、滉青が美雨の長い髪を撫でていると、彼女は鉱物みたいに澄んで硬質な目で、白い天井を見上げながら、久しぶりに男と寝た、と言った。誰の返答も求めないような呟きだった。

 娼婦なのに? と、滉青は心の中で首を傾げたけれど、黙っていた。商売抜きの相手と久々に寝た、という意味なのだろう、ととらえたのだ。そんなことを言ってはみても、滉青にとっては、このセックスは完全に商売だったのだけれど。

 「前は、どんなひと?」

 別に興味もないくせに、ヒモとしての性で、滉青はおんなにそう問いかけている。

 「……夫。」

 ぽつりと、美雨がそう言った。その返答は、やっぱり意外で、滉青は一瞬、美雨の髪を撫でる手を止めかけたくらいだった。

 娼婦だからといって、夫を持ってはいけないわけではない。でも、滉青の知る限り、美雨は観音通りに長い。その間に夫を持っていたのかもしれないけれど、なんだか美雨の水みたいな身体には、夫を持つ、なんて誰かひとりの男の者になることは、まるで似合わないような気がした。

 「旦那さん、いたんだ。」

 滉青が驚きを隠しながら発した言葉に、美雨は小さく頷いた。そして、もうすぐ来るわ、と言ったのだ。

 「え? なにが?」

 美雨の言う意味が分からず、滉青が訊きかえすのとほぼ同時に、アパートのインターフォンが鳴った。

 「鍵、持ってるのに。」

 やっぱり誰かの返事なんか求めていないような声で、美雨が呟く。

 「え? お客さん?」

 「だから、夫。もう、別れたけどね。」

 「え?」

 滉青が混乱しているのにも構わず、美雨はベッドから身を起こす様子すら見せず、ドア、開けてきて、と真っ直ぐな声で滉青に命じた。

 なんか、厄介なことになりそう。

 そう察していたのだけれど、ヒモとしての本能なのか、おんなに逆らうことはできず、滉青は床に落っことしていた衣類を手早く身に着けて、玄関へ向かった。

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