観音通りにて・ヒモ
美里
1
滉青が美雨の家で暮らしはじめたのは、ただの気まぐれだった。美雨は観音通りで売春婦をしており、滉青は売春婦の家をふらふらして金を出してもらって生活していた。だから、美雨が滉青を家に誘いこむのも、そうおかしなことではないのだけれど、今日はうちにくる? と、声をかけられたとき、滉青は内心で驚いた。観音通りでは古顔の娼婦である美雨は、その稼業では珍しく、ヒモを必要としないおんなだと思っていた。
売春婦は、やたらとヒモを飼いたがる。男たちが次々と通り抜けていく身体が寂しさを訴えるからであるだろうし、自分を裏切らない、立場が絶対的に弱い男を必要とするからでもあると思う。滉青は、おんなたちのそういう弱さに付け込むようにして、食いぶちを稼いでいた。
けれど美雨は、滉青が知る限りは男を作ることなく、孤独に街灯の下に立ち続けるおんなだった。だから声をかけられたとき、もう今夜の宿は決まっていたにもかかわらず、滉青は興味本位で美雨の部屋について行った。
「ここ。」
そっけなく言って、美雨は娼婦たちが多く住む、観音通りの裏手の灰色のアパートの一室に滉青を通した。
「おじゃまします。」
笑みを作って、滉青は遠慮なく部屋に上がり込む。はじめてのおんなの部屋に入るときは、いつも少しだけ緊張した。部屋の中がどうなっているか分からないし、もしかしたら、入った瞬間背中から刺されないとも限らないからだ。
けれど、美雨の部屋は滉青の緊張に反して、とんでもないごみ屋敷でもなければ、猫や子どもの死体が転がっていることもなく、背中にナイフを突きつけられることもなかった。
ただ、滉青は、部屋に入りながら、なんだか寂しいような気持ちになった。美雨の部屋は、極端に物が少なかった。奥の壁にくっつけるみたいにベッドが置いてあるほかは、作り付けのクローゼットがあるだけ。若いおんならしい飾り付けなんか、どこにもなくて、明日引っ越すためになにもかもを運び出してしまった後みたいだった。台所は玄関から部屋につながる短い廊下の右手側にあったようだけれど、この分では冷蔵庫も空っぽだろう。
腹減ったな、と、思いながら、滉青は美雨の腰を引き寄せた。美雨は、一瞬滉青の手に逆らう様子を見せた。自分から部屋に誘ったのに、と、滉青は内心首を傾げながらも、大人しくなった美雨の身体を、無機質な白いシーツがかかったベッドに横たえた。
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