第5話



 エルシド古代遺跡は考えていたものよりずっと朽ち果てていた。

 崩れた石柱が微かに、かつてここに大きな建造物があったことを示しているくらいだ。

「あの人は随分悪い力を感じるって言ってたけどなぁ……」

 エドアルトは上を見上げた。

 生い茂る森の葉の間から木漏れ日が差し込んでいる。

 あまりそんなに悪い気配はしない。

「……それとも俺が見逃してるだけなのかな」

 溜め息をついた。


(昔から魔的な勘はからっきしだったからなぁ)


 魔術的なことも勉強はしたけど、言葉で見えない実感の無い話をされても、エドアルトには自分とは縁の無い話にしか思えないのだ。


(でも)


 こうやって一人で世界を旅をしてると、国にいた頃よりは魔的な体験もするようになった。

 故郷であるアリステア王国は魔術文化の弱い国とされているが、それでもそこで暮らしている中で、エドアルトは不死者や霊的な弊害を味わったことは無い。

 アリステアの場合、隣国であるサンゴール王国とザイウォン神聖国が魔術大国として大陸に名を轟かせていたので、結果としてその間に位置するアリステアも、魔術的な守りの中に組み込まれて生きていたからだ。


 それが旅先で、今回のように不死者に不意に遭遇したりすることがある。

 国という堅固な守りの中にないことが、これほど土地を不安定にさせるということも初めて知った。

 小さな村が盗賊や霊の害に実際に晒されていたりする。


 アリステアは、国のどんな端の村や街でも、盗賊団や不死者に襲われたなどという知らせが上がれば、直ぐさま討伐隊が国から派遣される。

 それが国の統治なのだ。

 エドアルトは思った。


(でもその国の守りの無い人達は、例え苦しんでいても守りを求める相手もいない)

 胸に光る銀の十字架を見下ろす。

(俺はまだ全然無力で、そんな人達を全て救うことなんて出来ないけど)


 でも出来ないで終わらせていては、いつまで経っても出来ないままだ。

 助けを求める声が真実なら目を背けたくはなかった。


(全てのことに立ち向かう為に、俺は国を出たんだから)


 茂みを掻き分けて更に森の奥へ。

 ふと……崩れかけた神殿のような建物があった。

 巨大な石柱が二本入り口に建っている為に、神殿のように見えたのだろう。

 天井は崩れている。

 しかし樹々や蔦が覆い隠して、中は薄暗く真っ暗だった。

 エドアルトはランプを用意して中へ入って行った。


 瓦礫の山だ。

 崩れた壁や天井が重なり行く手を阻む。


「こういう場所は盗賊の根城になりやすいって聞いたけど」

 霊的なことよりエドアルトには、そっちの方がよほど現実味があった。

 霊なんかより人間の方が、ずっと残虐なことをすることだってある。


 エドアルトは天井の方へ光を翳した。

 女神の像があったが、首から上を叩き壊されている。

 故郷で修道院を任されていた母は、いつも教会の女神像を丁寧に拭いていた。

 それが日課なのだ。

 エドアルトは女神像を大切にする母の姿を見て育った。


「…………ひどいことをする」


 ぽつり、と自然に出ていた。

 明らかに人の手によって壊されたものだ。

 霊的なものなんかじゃない。

 きっとここもかつては強い信仰の拠り所だったに違いなかった。


 奥まで進んで行ったが行き止まりだった。


「何も無いな……」


 仕方なく引き返した。

 瓦礫の山を何個か越えた時、ふと気付いた。

 いつまで経っても出口の光が見えて来ない。

「こんなに中、広かったかな?」

 先程と同じように上に向けて光を翳した時、天井に星のような光が煌めいていた。

「……?」

 キィ……、と蠢く。


「……うわッ!」


 それは天井一面に群がる蝙蝠だった。

 あまりの多さに驚いて躓き大転倒する。

 ドオン! と響いた震動に蝙蝠がザワッと一斉に羽を広げた。

 目のような斑点模様を翼につけた巨大蝙蝠。


「『キラーバット』か!」


 強い毒を持ち人の血を吸って麻痺させるモンスターだ。

 一匹程度では人を死には至らしめないが、群で動くので集団に襲われれば命を落とすことだって当然ある。

 ヒュッ、と風を切る音。

 エドアルトはザンッとそれを剣で斬り捨てた。

 血の匂い。

 ギャッギャッ、とけたたましく吠え立てて次々と襲いかかって来る。

「この数は……ッ」

 キラーバットには遭遇したことはある。

 多種多彩な種類を備えるバット系モンスターの中ではキラーバットは最も一般的であり、こういう遺跡の中にもいるがダンジョンにも、森の中にも生息する。

 しかし天井の一面に吊られ、こっちを輝く目で見る群の様子は異様だった。


「くっ……!」


 ザン!

 ザンッ!


 二度三度、斬り捨てたがキリが無かった。

 エドアルトは駆け出す。

 奥に向って走りだした。

 必死に走るその足元を、不思議な光が照らしていた。

 闇に追われている時に光が照らせば、それを追うのは人の性だ。

 何も考えず、エドアルトは無意識にその光に導かれるように走っていた。

「はぁ……っはぁ……っ」

 全速力で走った。

 辺りがやがて静かになる。

 耳を澄ましたが蝙蝠は追って来ない。

 もう大丈夫かとホッとした時、急に身体が宙に浮かんだ。

 次の瞬間エドアルトの身体は、真っ逆さまに闇の底に落ちていたのだった。



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