第6話 ヴァルターの決意

ヴァルター達従騎士は大公軍の支援の任務を担当していたのでグリュンブルク城に帰還した騎士たち、兵士達数百名の炊事、手当、武具の修理の対応に負われ夕食をようやく食べれたのが肝心の夕刻を完全に過ぎた夜になった時であった。

夕食を終えハインリヒら他の3人は大広間で休む事にしたがヴァルターだけは毛衣を羽織って正門の城壁で景色の向こうを眺めていた。


「寒いな。」


一人で喋ると息を白く吐いているのがわかる。昼の時もそうだが夜になると日光がなくなり本当に身震いするほど寒くなってしまう。


「本当に寒いわね。そのうち雪でもふりそう。」


聞き覚えのある声の方へと顔を向けると横にレギンリンダが立っていた。同じく熊の毛衣を寒さ避けに羽織った彼女がふぅっと白い息を吐きながらヴァルターにさらに近づいた。彼女の一歩後ろで歩いてくる見慣れた顔が見えた。昼食前の稽古で指導をした小姓のマグナスと思わしき少年がレギンリンダの毛衣の後ろ端をそってもって付き添っていた。


「従騎士殿、先ほどは稽古ありがとうございました!従騎士殿もあの後稽古をなさったと聞いております!」


「うん、ああ・・・そうだな。」


ペーターの勢い良い言葉にヴァルターはバツの悪い返事しかできなかった。その返事を聞いて勢いのあったマグナスも気まずそうな顔になっていった。

ヴァルターとレギンリンダは一緒に並ぶとしばらく互いに沈黙していた。それに我慢ならなかったのかレギンリンダが最初に破った。


「ねぇ、マグナス。二人で話しがしたいからその間にこの城壁の右にある見張り台で待っててくださる?」


レギンリンダがランプで照らされた石造の見張り台を指さすとマグナスはなにも言わずに走り去った。彼がこの場からいなくなった事を確認してレギンリンダが言葉をヴァルターに向けた。


「ヴァルター、私の小姓の子にあんな顔をしないでくれる?マグナスは貴方と貴方のお父様に憧れているのよ?」


「すみません。以後マグナスへの配慮が足りませんでした。その・・・考えておりまして。」


レギンリンダから態度を注意されヴァルターが謝罪した。レギンリンダの憂う顔が彼に向けられた。


「ねぇ、もしかして貴方のお父様、ヴォルフラム様が気になるの?」


「父が敵に捕まって落ち着いている子供がいますか?」


ヴァルターが語気を強めた。レギンリンダの父、自分の父の主君であるルートヴィヒに内心腹を立てていたのだ。ルートヴィヒと彼の側近の食事会の為に酒をもってきたが皆沈痛なおもむきだった。負け戦だから話したくない気持ちはわかる。しかしルートヴィヒは危険な殿をつとめた武勇に優れた旗騎士の父の話など殆どしなかった。ヴォルフラムの昔からの上司のテオデマー将軍は父の安否を心配したほどだ。

自分の父に向けられた憤りを感じたレギンリンダはヴァルターをなだめようとした。


「きっと大丈夫よ。ヴォルフラム様は生きていらっしゃるわ。旗騎士なのだから敵軍も捕虜として生かしているでしょうしお父様もきっと身代金を払ってくれるわ。」


「オーク共が父の為の身代金など受け取るでしょうか。奴らは野蛮さで知られています。」


そもそもルートヴィヒは今、ヴォルフラムの為に身代金など用意してくれるだろうか。彼が食事を取っていた時にその場に居合わせたヴォルフラムの郎党のエルヴィンが身代金を自分が払うから交渉させてくれと進言してくれたがルートヴィヒは気まずそうに葡萄酒を飲みながら「考えておく」としか言わなかった。

ルートヴィヒは今回の魔族との戦が始まる前から武勇で知られる大公ではなかったがボイマルケンの君主として帝国内の北方地域を10年にわたって占領している魔族達の残虐性は良く知っている筈だ。特にオークは暴力的で楽しむために女以外の捕虜は取らないとヴァルターは聞いていた。

ヴァルターはレギンリンダから顔をそむけて城壁の向こうの広い平原へと目を向けた。歩いたら半日もかかる距離の向こうに魔族軍の幕営がある筈だ。

「あの何処かに父がいる筈だ・・・」

ヴァルターの呟きは思考へと繋がり、その思考はすぐに決意へと直結した。

ヴァルターはレギンリンダの方へ向き直して彼女にこう嘆願した。


「姫様、今から父を救出しに行きます。城から出させて下さい」

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