第2話 未来リバース終焉

「嫌だ」

 俺は答える。

「は?」

「嫌だと言っている。俺はこれ以上死にたくないし、彼女の死ぬ姿を見たくもない」

 処刑人は俺の言っている言葉の意味がわからないのか、表情を変えずに静止する。無駄に余裕そうな笑顔のまま……たが、処刑人が明らかに困惑しているのがわかる。


 昔の俺なら、そんなこと言われる暇も無く死んでは過去に戻り……死に戻り。彼女の手を取ろうとして、また死んだ。


「……は? でもお前」

「何か文句でもあるのか? 死んでまで他人を助ける義理があるのか? 死体人形も同然のあの少女を……」

「ああ、無いな。だが、それはお前が本当にそう思っているならばの話、だ」

 あくまでもこの殺し屋は引き返さない。死ぬまで、いや死んででも彼女を俺に救わせようとしに来る。そして、その殺し屋は俺を殺さない。幾度となく……殺せない。


「そう言ったのはアイツだ」

「お前はどうなんだと聞いている」

 低く、震わせながら俺に言う。


 この今の世廻で、フィニスと俺は出会っていない。救う理由なんてものは無いというのに。死んでまで、過去に戻る理由なんて存在しないというのに。


 男は現れて、俺に彼女を救うようにと殺しにくる。俺は、自ら死ぬまで絶対にこの男に殺されぬようにと生き続ける。



「……でも、もう一度会えるなら。それだけじゃ駄目だ。確実に救えなければ──」

 言っていることが少し前と今で違う。


 それでも、それが俺なのだから。


 単純なんだ。


 彼女を救えと、この男に言われることはもう一度、あの少女と会ってもいい。そう言われていることと同義なのだから──


 思い返す。

 俺が初めて彼女と出会った日のことを。


 昼間であろうとも変わることのない暗い空。光は夜よりも暗く届かない。


 この国の軍部で最年少の役人の一人として雇われた頃のことだった。


 戦争で人員が減ったとのことで学園から優秀な人材を引き抜くといった話だったか。当時は家庭のことも有り、それなりに真面目に学生として生きていた俺にとってそれは嬉しい話だった。


「戦争に行きたくないとか言ってたお前には最適解だな」

 金髪の役人は俺に顔を合わせるなりそう言ってきた。昔の記憶だ、ソイツが今どこで何をやっているのか、誰であるのかすら知る由もなく。無論、拒否権も無く役所に連れて行かれたのは覚えている。



 書類整理に学園の情報制御。


 時によっては雑用に限りなく近いような仕事も押し付けられた。それでも仕事割り切ってただ人間のようにまたは、機械のように働き続ける日々。未来も夢も見ていなかった俺には確かに適した職であったのかも知れない。


 そんなある日のこと──


「痛い」

 軍部の人間に殴られた。赤い目に赤い髪のヤツだった。ガタイはそこまでよくは無い癖に、力だけは十分にある。人を怪我させる分には……。


「痛いんですけど」

 言葉が伝わっていなかったのかと僕はもう一度彼に伝えた。

「あ? お前、自分で何したか分かってんのか!?」

「機廻の最適化。あれじゃ直ぐに死ぬ……機廻が死んでしまう。だから、調整した」

「だから、それが悪いことだと分かって言ってんのかって」

「まあまあ……、というかこの新人、グリス様の親族の方が言ってたヤツじゃないの?」


 後ろから銀色の特徴的なイヤリングを付けたヤツがやって来て気休め程度に彼を宥めた。そんなことをしても意味はない。馬鹿は一層声を震わせて拳を握る。

「そうか、だからそうやって無駄に動くんだなあ」

「だから痛い。言葉の意味が分からないんですか? 僕は人に死んで欲しくないんですよ。これでも一応軍部の人間なんです。仲間意識が無くとも……」

「……気色の悪い目だ」

 日々の面倒な絡みにうんざりしていた頃に、僕の家族は死んだ。国内まで一瞬だけ攻め込まれた際に、たまたまそこに居たのが原因らしい。



 またある日、僕は役所の中の変な施設に迷い込んだ。


「被検体078──フィニス・アクティベート。エクスフロントの軍部、アクティベート家の人間、その複製体だ」

 男の声。長い役所の廊下の奥から静かに聞こえる。普段は通らない場所。

「なかなかのものですね。この機廻との融合率は他のものとはまた違った数値を出しています……」

 女性の声は抑揚もなく機械的に耳に響く。

「違った数値? ただ低いだけではないのか?」

「はい。融合率は極めて低い、ですがそれ以上に私の目に映る世廻には一番適した力を秘めているのを感じられてしまう」

「は、はあ……。天才の考えることは分からない。という話もあるが、本当にそうなんだな」

「天才は凡人にも分かる言葉で話します。私はただの口下手ですよ」

「……」

 それと同時に、何かがぐちゃりと壊される音が聞こえた。回転する刃物の音、動く機廻の足音。こんな場所で聞こえるはずのない悲鳴じみた静寂──


 二人の大人が去った後、僕は


─────

───────


「急に倒れるから殺そうかと思ったぞ」

「どうせ殺せやしない。俺は行く」

 俺はそうして、処刑人を後に窓のガラスを割って血を流す。


「……相変わらずいかれてやがる」


 そうだ、俺はおかしい。


 意識を流れる血と時の流れに委ねて過去を思う。この機廻の動く世廻の中で一人、再び彼女の前に現れる。深く黒い空の下で。


──君は魔法使いを信じるか?


──君は重なり続ける世廻を信じるか?


──君は虚構の過去と終わらない未来を信じるか?


──答えは聞かない。私は君が救うべき者の救済をただ待つだけのこと


 身体中の切り傷の痛みが徐々に引いていく。赤い光が消え、音が消える。


 長い空白を感じる。


 そして、再び声が──


「戦争に行きたくないとか言ってたお前には最適解だな」

 目の前に立つ金髪の若い男。14歳の頃の体……。懐かしいような、これから起こる出来事に強い悪寒を憶えてしまうような。


 フィニスを救い出す。

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クチハテの最終戦場 玄花 @Y-fuula

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