クチハテの最終戦場
玄花
第1話 再開のデウス・アルバス
銀色の髪の少年は、煙に覆われた空を見て嘆息を漏らす。
この世界はいつになったら終わってくれるのだろうか、そんな思いを心の奥で感じながら。過去の自分を追憶しては声を出さずに嘲笑う。
灰色の空、工場からの散りゆく火花。月が、暗煙の隙間から光とも呼べぬ光で夜の路地裏を薄暗く照らす。心地の悪い空気が体を拘束するように纏わりついてくる。少し離れた場所では、人が人を殺すための兵器が今日もまた作られ続けている。
未だ絶えることなく続く争いの為に、下らない伝承を盲信する各国の代表達が聖地を奪い合い、世界を我がものにとする為に。国民もまた、同じようにその思想のもとに……。
ここは愚かな争いに身を投じる国の一つ、その一角。留めることを知らず、新兵器の実験を繰り返し続けるタイヒローゼ共和国。
たった数十年前までは魔法が確かに存在していたこの世界……。
今のこの世界に於ける戦争の主力は
──────
終わることのない曇り空、一等星の光ですら地に生きる人間には届くことの無い空の下。
「……なんですか?」
齢は17〜18といったところだろうか、誰が見ても動く死体のようにしか見えない、左目にボロボロの眼帯を付けた少年──デウス・アルバは、暗い路地裏では背後に気配を感じる。
銀髪の髪を振り返ると同時に突きつけられる銃口に、妙な安心感と劣等感が蘇る。そこには、見たくもなかったかつての恩人が立っていた。
「そんな訝しげな目をするな。俺だよ俺」
銃を眼帯の少年に突きつけた無精髭の男は、薄気味悪い笑みを浮かべながらそれを下に向ける。物騒ながら自分なりの挨拶として会う人に毎度そのような行動を取る金髪の男は、またも無理矢理浮かべたような笑顔で再び口を開く。
「やれやれ、隙あらば殺してくれて構わないと言った割には本当に長生きしているなあ、お前は」
笑えるようなセリフでないにしろ、顔だけでも笑っていなければ、この男もまた死に場所を至る場所に見出してしまうだろう。
まだ、誰も殺したことのない殺し屋が最初に、そして最期に殺す人物が自分自身というような結果……それだけは勘弁して欲しいと、独りよがりに心の内で思い続けて──
「ああ、言った。だが
相手が分かる否や、銀髪の少年は眼帯に触れながら敬語をやめる。元々、そんなものとは無縁な生き方をしていた彼にとっては、ある意味であのセリフだけで敬語を続けるのは精一杯であったと言っても良いだろう。
「やれやれ、今日こそ殺せると思ったんだがな。残念だ。デウス、それで此処に、終焉機となるものはあるのか?」
「何度も言わせんじゃねえ……。そんな物はこの世界には存在しないんだ。未来のこの世界に、終焉機があるのなら作り上げたのは間違いなく俺だ」
「じゃあ何故そこまでこの場に執着する」
「俺は……」
俺は、こんな場所で何をやっているのだろうか。今日も店から食い物を盗んで、路地裏で寝ての繰り返しの日々。国に力を貸すことはしなければ、反乱も起こすことはない。奪うものも、奪い返すものも何も残っていないこの世界に無気力に、放浪する死体のように生き続ける。
蔑まれようが、刃や銃口を向けられようが、ただ無関心に、死ななければ良いと思うこともなく。ただ、生きているだけを続ける。
アイツの居ないこの世界なんか──
金色の目、彼女の最期に見た美しい青空のような碧眼。いつ会っても死体のように白く儚い肌。腐った世界の廃工場で機械に繋がれていた彼女は、俺と顔を合わせる度に掠れた声で、優しい歌と共に語りかけてくる。新兵器の開発だったか、苦しそうにしていた彼女に、俺は何も出来ずに今日もこの路地裏で
。彼女にしてやれたことなんて──ただ会いに行くことしか……いや、それすらも、と。
日々を繰り返して、終わりに向かう彼女との出会い、俺は確かに別れを選んだ。そのはずなのに。思い返すと目が燃えるように、喉の奥から酸が上がってくる。どうしても止められない体中を走る悪寒。
気づけば目を見開いて害獣の巣食う路地裏の床にへたり込んでいる。
「おいおい、無理に思い出すのはやめとけ。俺が殺し損ねたお陰で、何度お前が死んだと思っている。こっちだっててよ、プロなんだからな。そんな事思い出させてもらいたかねえんだ」
左手の銃を手の上で回しながら男は乾いた声で笑う。それでも目は、過去の少年を見つめ続けるように、ただ明後日の方角を向き続ける。
「そうか、俺が今まで死んできたことの全ては、それまでそんな俺が、隙無く生きることが出来ていた。その証拠だったということでいいんだな……?」
険しい顔になった少年は、自分自身のことを、自分の限界を、深く憎むようにして灰色の壁に掛かった割れた鏡を見つめる。
「さあな、それ以上は俺は何も言わないぞ」
「……ッ。で、本当に何でまた俺なんかに話しかけに来たんだ処刑人」
過去のことを思い出して機嫌が悪くなったのか少年は、険しい表情を男の方へと向ける。
「もう一度、死んで
その一言は、確かに少年が──俺が求めているものであったのかもしれなかった。
死んで、死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで──あの機械に繋がれた少女を救おうと足掻いていたあの日々を俺は上がってきた胃液を飲み込んで言葉を返す──
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