第2話 出会いの思い出


10年前、雪の降る冬のとある日。



「お父様、何か黒い靄が見えませんか?」



幼い私は境内を掃除中、山奥にある黒い靄がを指さし父にそう尋ねました。



「ほんとだな…歩いていけないことはないが、結界の外だな。」



私が指さした方に父は目を凝らして見つめました。


その靄が天に向かってまっすぐ伸びていれば、薪だと思うのですが、虹のような円形になって伸びているのを見ると、違和感しか感じません。


なので、私はそれが何か悪いものであるということに気づきました。



「誰かが苦しんでいるかもしれません。私行ってまいります」



「瑠香!待ちなさい!もし悪霊だったら…瑠香!」



私は父の制止を振り切り、駆け出して鳥居から飛び出して黒い煙の靄が出ている場所へ向かいました。


確かに、父の言うように悪霊の可能性もありますが、私にはそうは見えませんでした。


その黒い靄は、細く長く、どこかにつながっていたのです。

だから私は、どこか遠くにいる人が、誰かに呪詛をかけていると思いいたりました。


だとすれば…今その人は苦しんでいるはず、そう思ったら放ってはおけなかったのです。



「だれかー!誰かそこにいらっしゃいますのー!?」



私はどこかにいるはずの誰かに必死になって呼びかけました。


そのまま必死に靄に向かって走っていると…一人の男の子が倒れているのが見えました。


年齢は…私とそう変わりなさそうです。



「大丈夫ですか?しっかりしてくださいまし!」



そういって、彼に近寄ると、私は体を揺らしました。


大分衰弱しているようで反応はありません。


寒さで力尽きた…だけが原因ではないようです。


だって、彼の体の周りには、あの黒い靄がまとっているのですから。



「さっきより量は少ないけれど…位置的にも彼で間違いないようね…。急いで神社に運ばないと…」



とはいえ、私一人では彼のことを運べない。

どうしたものか…と悩んでいると



「瑠香!」



私の後をつけてきた父がちょうどいい頃合いにやってきました。



「お父様、大変なのです!早く除霊をしないと」



私に何やら説教しようとしている父の様子はうかがえましたがそれどころではありません。


人命優先です。


父もそれがすぐにわかったのか



「なんと!これはいかん!」



そういって、急いで男の子を負ぶって、神社に運びました。


神社で男の子の様態を確認すると…私の予想通り何者かによる呪詛がかけられていることが分かり、お祓いをすることになりました。



「厄除けの儀式は終わったけれど…雪道で倒れていたせいか、体力の消耗がすさまじいですわよ、お父様。」



「この体の弱り方…雪で体温を奪われただけじゃないかもしれないな。長い間呪いで苦しんでいたのやもしれん。」



「体力回復するまで、少し時間がかかるかもしれませんわね。」



そうして私たち親子は、男の子の目が覚めるまで、看病をすることにしました。

私は、とにかく彼の体を温めるべきだと、火鉢の中の炭を絶やさぬよう気を付けていました。


しかし、丸一日たっても、目を覚ますことはありませんでした。


どうやらよほど体力を消耗しているようです。



「目が覚めるまでは…まだ時間がかかるかしら…。」



心配になった私は布団で眠る彼の顔を覗き込みます。



それにしても…きれいな顔。



雪道の中で倒れていた彼だけど…身にまとっている衣服はどう見ても上物でした。


となると…貴族なのでしょうか…?


そう思うと、いろいろ納得はできます。



「でも…なぜ、貴族のご子息がこんな山の中で一人…護衛もつけずにいたのかしら…?」



そう疑問に思っていると、彼の瞼がピクリと動きました。



「目が覚めましたの!?」



そう声をかけると、彼の目はゆっくり開いていきました。



「…」



「よかった…危なかったのですよ。お加減はよろしくて?」



私はほっとして胸をなでおろし、彼にそう尋ねました。


しかし状況が呑み込めない彼は、目だけをゆっくり動かし辺りをきょろきょろと見回すと、こんな言葉を発しました。



「…薬師か?」



ふつうこのような場合は『ここはどこだ』と聞くと思うのですが…そこをすっ飛ばして、私が誰かを言い当てようとしました。


もしかして…薬師のところにでも向かうところだったのでしょうか?


勝手にいろいろ納得して、私はやさしく彼に言いました。



「残念、ここは神社で、私は巫女にございます。」



「……巫…女…?なぜ巫女が…」



「詳しい事情はお父様が来たらお話しますけれど、もう大丈夫ですよ。あなたの悪いものはもう払いましたから。」



その私の言葉に、何が何やら状況が呑み込めない彼は、少しきょとんとした表情を浮かべていました。


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