第37話「裂け目に立つ影」

 始まりは一本のニュース速報。

 メシの用意をしている間、なんとなくつけていたテレビから、緊迫した声が伝えた。


『速報です。今日17時ころ、市内でセレーネ人女性に対する暴行未遂事件が発生しました』


 テレビに映し出されたのは、スマホで誰かが撮影したのだろう、手ぶれのひどい映像。

 パトカーに保護されたらしい、銀色の髪の少女は、どこのものかはわからないが、乱れた制服の胸元を押さえて、うつむいている。

 被害者がセレーネ人であることは、誰の目にも明らかだった。

 リュシアは唇をかみ、ティアナは珍しく、笑いもせずソファのクッションを抱きしめている。


「……大丈夫。ティアナにはケンゴもユウリもついてるし……いざとなったらQ.E.E.T.チートで吹き飛ばしちゃうんだから」


 強がる言葉には、いつもの元気がない。

 リュシアはティアナによりそい、肩をしっかりと抱きしめた。

 カメラが切り替わり、特番が始まる。

 アナウンサーは淡々と、過去の出来事として、別の映像を流し始めた。


『こちらは、数ヶ月前にセレーネ人男性との関係で性的暴行を受けたとされる地球人女性の証言です』


 左上に【独自取材】の文字が表示され、真っ暗な部屋の中が映し出される。

 モザイク越しの女性が、カメラに向かって声を震わせた。


「最初はぁ、優しかったんですけどぉ、急に身体を超能力みたいので動かなくされてぇ……すごく怖くて、逃げられなくてぇ……」


 事実かどうかはわからない。

 ただ、報道はすでに「信じるに足るもの」と見なして放送されている。

 そして、世間は「セレーネ人は性犯罪者」という方向に流され始めていた。


――翌日。

 SNSのタイムラインでは「セレーネ人=地球人の遺伝子目当て」とする陰謀論が再燃し始めている。

 火をつけたのは、かつてオカルト配信者たちがこぞって投稿していた複数の動画だ。


【暴露】セレーネ人の狙いは「繁殖」!? 火星からの禁断の遺伝子計画

【独自映像】セックス星人!美男美女が「繁殖」しまくる狂乱の毎日


 一時は「不適切」として削除された動画が、また再アップロードされている。

 背景も証拠も曖昧だが、「あれだけたくさんの動画で同じこと言うってことは」「ニュースでも似たこと言ってた」と拡散されていく。

 そして、それに呼応するように現れたのが、街角で白いローブを着て祈る集団だった。


 新興宗教“新たなる月の神話”。


 ビラを配り、動画サイトに説教めいた映像を上げ、こう訴えていた。


「セレーネの神の血を汚す者たちに、裁きが下るだろう」

「地球人が神の使いを汚した、そのとがつぐなえ」


 狂信的なその言葉に、異様な熱量が宿っていた。


 セレーネ人を狂信するもの、性暴力の象徴として排除を試みるもの、その両極の意見が世界に満ちて行く。

 やがて、それは現実の暴力に姿を変えた。


 一人の男子学生が駅前で暴行を受け、骨折などの重傷を負う。

 髪を銀色に染めていた――セレーネ人に似ていたというだけで。

 数日後、例のモザイク付きインタビューに登場していた地球人女性が、街中で刃物で刺される。

 加害者も被害者も、すでに「敵」と「それ以外」の二つに完全に分けられ、怒りと恐怖が交錯し始めていた。


 そして俺自身も、違和感を感じ始めている。

 学校への通学路。スーパーのレジの前。いつもどこからか、知らない視線を感じる――そんな感覚が離れなかった。


 通学が不安なため、SPさんにお願いしてリュシアたちを家に帰した後。

 近所のスーパーで買い物をしての帰り道。

 スーパーの袋を手に、街灯がところどころ切れている細い路地を歩いていると、背後から声をかけられた。


「すみません、ユウリさん……ですか?」


 振り返ると、知らない女性。

 俺はちょっと警戒して、一歩下がった。


「いや、誰ですか?」


「ユウリさん、ですよね? 赤陽学園1年の」


「そう……ですけど」


 返事とともに、周囲に数人の男女がバラバラと現れる。

 どこにでも居そうな、普通の服装。

 だけど、わざわざ「普通」を目指して服を吟味したような、気持ち悪い違和感があった。

 逃げる暇もなく周りを囲まれ、驚いている間に、白いワゴン車が横付けされる。


「なんだよっ! 警察呼ぶぞ!」


 ポケットからスマホを取り出した、その瞬間。


――ゴッ!


 乾いた衝撃音が、頭の奥で響く。

 何か硬いものが後頭部にぶつけられ、視界がゆがんだ。

 足下に、スマホとスーパーの袋が落ちる。

 空に浮かんだ二つの月が、ぼやけて滲んだ。


「……ッ!」


 言葉にならない声が喉から漏れ、俺の意識は、闇に落ちた。

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