第36話「選ばれた未来、揺れる想い」
停学が開けてから数日。
あの騒動の余波でピリピリしていた空気も、やっと薄れてきたある朝。
教室のドアを開けたのは、銀色の髪とライラックの花のような瞳の、美しい少女だった。
「リュシア!」
「おかえり!」
泣きながら駆け寄るクラスメイトたち。
その中心で、リュシアは胸に色紙を抱きしめ、小さく声を震わせた。
「……あの……ご心配をおかけして……申し訳ありませんでした」
涙が一筋、頬を伝う。
「なに言ってるの! 友だちを心配するのはとーぜんでしょ!」
「リュシアが戻ってきてくれただけで、チャラだよ!」
沸き立つ教室の中、俺は自分の席から彼女を見つめている。
視線が絡み、リュシアがあの笑顔を俺に向けてくれたのを見て、俺もやっと、ぎこちないながらも笑顔を浮かべることができた。
――その夜。
「もうここに、お前たちが来ることはないと思ってたよ」
玄関で待ち構えていた俺の前に、リュシアとティアナが立っていた。
いつもの浮かぶスーツケース、学校の制服のままの二人は、複雑な表情をしている。
「……どうした?」
「あの……ご迷惑では?」
「あんなこともあったし、ユウリがいやだって言うなら、ティアナたちはホテルにもどるよ?」
珍しく、ティアナも真剣だ。
俺は、そんな彼女たちに不機嫌な顔を向ける。
「……家族が迷惑だなんてことがあるかよ。そんなこと言ったら、ねぇちゃんとおふくろにブッ殺されちまう」
ぶつぶつと、俺は言い訳のようにそこまで話して……でもやっぱりそんな顔は長く続かない。
また一緒に暮らすことができる。
心の底から喜びがわき上がり、俺は自然と笑顔になった。
「……だから、その……おかえり」
「ただいまっ☆」
その言葉を待っていたかのように、ティアナは俺の腹にとびつく。
銀髪ツインテの頭をなでていると、その向こうで、リュシアがふっとほほを赤く染めた。
「……また、ここに来れてうれしいです。ただいま帰りました。ユウリさん」
照れ隠しのような小さな笑顔。
それを見て、俺の心臓は飛び跳ねた。
ごまかすように咳払いして「さぁメシだ」と台所へ向かう。
その隙に、ティアナはソファに飛び乗った。
「はぁ~。やっぱここが一番おちつく☆」
「少しは手伝おうって気はねぇのかよ」
「ないよ☆」
「あの、私が手伝います!」
久しぶりの、二人並んでの料理。
何気ない会話、三人での食事。
風呂にも入ってリビングでの、のんびりとした時間。
幸せをかみしめていると、ティアナが立ち上がった。
「ユウリ、あのね、セレーネ再始動まで、もう3ヶ月しかないんだよ」
突然の宣言。
俺はカレンダーを見て、その後、二人に視線を戻した。
「再始動? 3ヶ月……って?」
「セレーネが月軌道にいる期限だよ。元々、1年の予定だったけど、少し早まったの」
これからずっと一緒に暮らせると思っていた矢先の告知に俺は言葉を失う。
冗談だろとリュシアを見たが、彼女は黙って目を伏せていた。
「……時間がないと言う理由で、私たちもこの家に戻ることを許可されたんです」
「AIがね、適合率の高い遺伝子との“交配”の確率を上げたいんだってさ」
「……っ!?」
あまりの直球に、一気に頭に血が上った。
リュシアも耳まで赤くなって、視線を泳がせている。
動揺を隠せない俺とリュシアに、ティアナが真剣な顔で話を続けた。
「ユウリは、どう思ってる? 交配、したい?」
冗談でもなんでもない、本気の問い。
沈黙の中、俺はゴクリとつばを飲み込み、息苦しさを感じながら答えた。
「お、俺も……いつかは……リュシアとそういう関係になりたいって思ってる。でも、それはお互いの気持ちが自然にそうなった時じゃなきゃダメで……」
リュシアが、小さくうなずいた。
「うん、私もです。だから、ユウリさんと私の気持ちを……大切にしたい」
リュシアと俺は見つめ合い、笑顔を交わす。
お互いの気持ちを確かめ合って、俺はほっと胸をなで下ろした。
でも、ティアナは止まらない。
「おねぇちゃんが、心の準備ができてないって言うなら……ティアナはね、ユウリとなら……したい」
リュシアが息をのむ。
もちろん俺にも、さっきまでの息苦しさが戻ってきた。
誰も言葉を発しないまま、しばらく時間が流れる。
だけど、ティアナはぽつりと呟いた。
「気持ちなんて待ってるうちに、セレーネは出発して……もう、ユウリとは二度と会えなくなるんだよ?」
目が潤み、声は震えている。
「ティアナは……どんな理由でも……リュシアおねえちゃんの“代わり”でもいい……ユウリと“交配”したいって、思ってるのに……」
ぱたたっと音が聞こえるほど、大粒の涙が床にこぼれた。
そして、次の瞬間――
「なーんてね⭐︎ 本気にした?」
ティアナは、パジャマの袖で涙を拭き、無理やり口元に笑みを浮かべた。
「でもユウリの遺伝子は優秀だから、ティアナはいつでもOKだって、覚えておいてね☆」
俺の返事も待たず、ティアナは勢いよく階段を駆け上がる。
二階の部屋のドアが閉まる音と、くぐもった泣き声が聞こえた。
「……ユウリさん。ティアナは、本気です」
「わかってるよ」
「……すみません、私も休ませていただきますね」
リュシアもゆっくりと和室へ向かう。
三人の関係と、三人の未来。
いつかは選ばなければならないとわかっていた。
でもまさか、その“いつか”が、たった3ヶ月先に迫ってるだなんて思いもしなかった。
今はただ、静かに考える時間がほしい。
俺は、リビングの電気を消し、まだ聞こえるティアナの泣き声に耳を塞いだ。
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