破壊されたお兄ちゃん

【メロメロお兄ちゃんの爆誕】

そんな不思議な世界にも徐々に慣れてきた頃──。



「決めたぞ!お前の名前はシンだ!」



レイフ達の部屋から聞こえた産声。

数分後、レイフがそう宣言していた。



「シンちゃんですって!きゃーっ、早く見たいわ!」



「シンか……。早く会いたいなぁ。」



部屋の前でそわそわしている両親。

俺とリリィもそわそわしていた。



「ダン兄ちゃん!産まれたんだって!?」



「ああ、ついさっきな。」



シルビアとシャスタ。

そしてシヴァ神達が駆けつけた。



「まだ見れねぇのか?どんな感じか早く見てぇのに。」



人間同様の出産をする為、勉強になるからと駆けつけたらしい。



「皆さん、どうぞお入り下さい。」



メイドがドアを開けた瞬間、両親を筆頭にシルビア達がなだれ込んだ。

リリィと顔を見合わせ苦笑して、俺達も後に続いて部屋に入った。



「産まれた時のレイフと同じ顔だな。」



「ほんとねぇ。ああ、可愛すぎるわぁ……」



両親の目尻は下がりっぱなし。

初孫だから仕方ないが、溺愛ぶりがシルビアとは全く違った。


男の子のシンでこれなのだ。

女の子のマリアが産まれたらどうなるのだろう。


きっと、シルビア以上に溺愛するんだろうな。


祖父母には親としての責任がない為、甘やかすだけ甘やかすに違いない。

周りが甘やかす分、親である俺達がしっかりしつけていかなければ……。


悪い事をしたらきちんと叱り、自分で出来る事には手を貸さず、必要以上の甘えは許さない。


威厳を持ち、厳格な父親としてマリアに接して行こう。


そう決意した一週間後、ようやくマリア誕生の時を迎える。



「大丈夫か?」



「ええ。一つの命を産み出すんですもの、このくらいの痛みなんて、っ、」



苦痛に顔を歪めながらも、笑顔を絶やそうとしないリリィ。

命を産み出そうとするリリィに対し、俺には何もできる事がない。


こうして手を握り、励ます事しか──



「!」



大きな産声が響き渡る。

初めて空気を吸い込んだマリアの産声。


その瞬間、俺の中の時間が停止した。



停止──いや、これはスローモーションか。


タオルにくるまれ、リリィの隣に置かれたマリアは、安心したのか泣き止んだ。


その一連の作業を、俺は茫然と眺めていた。



「初めまして、マリア。私がママよ……。」



リリィが涙を浮かべて微笑んでいる。

それに応えるかのように、マリアがリリィの方を向いた。


そのしぐさの何と愛おしい事か……。



「ダン……?」



俺の顔を見たリリィがハッとする。

何に驚いたのかは分からないが、すぐに微笑んでいた。



「ダン、マリアに声をかけてあげて……。」



ふふっと笑い、俺の頬を撫でるリリィ。

両の頬を撫でられ、そのしぐさの意味を知った。



「マリア……俺が父親だ……。よろしくな……。」



知らず涙が流れていた。


一週間前にも見た命の誕生だが、自分の子だとこんなにも感動するのか……。



「どうぞ、抱いてあげて下さい、お父さん。」



助産婦に渡され、戸惑いながらマリアを抱く。



「軽い……な。小さくて軽い……。」



軽いけれど重みを感じる小さな命。

俺とリリィの血を分けた大切な命。


俺達が守り育てて行かなければならない──とてつもなく重い命だ。



「ごめんなさい、お父さん。御披露目の準備をさせていただけますか?」



「あ、ああ、すまない……。」



マリアを腕に抱き、責任の重さを考えていた。

しっかり育てなければと、改めて決意した。


したのだが──



「!」



産湯で綺麗になったマリアは、破壊力抜群の可愛さだった。



「リリィ……壊れるぞ……」



「え?壊れるって何が?」



「俺だ。」



クールさなど捨ててやる。

こんな可愛いマリアを前に、冷静沈着でいられる訳がないだろう?


イメージの崩壊?


そんなもの知るか。

笑いたければ笑うがいい。



「ダ、ダン……?」



マリアを抱き、頬ずりする俺を見て驚くリリィ。



「ダンったら……ふふっ、」



そして笑い出した。

笑いながら『やっぱりね』と言っている。


俺がこうなる事も、リリィにはお見通しだったようだ。



「はは、ははは、」



俺もリリィと一緒に笑い出した。

マリアの前では普段の俺は保てない。


いや、リリィの前でも保てていなかった。

多分、リリィに恋した時から俺は変わってしまったんだろう。



恋に落ちたトリックスターは、妻と娘を溺愛するただの男になった。


はは、二人の前だけでの限定でな──。





END

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