【神様がいっぱい】
インドを目指すシルビア達は、簡単な任務をしながら移動していた。
報告してくる内容は、その国々の良し悪しや、シャスタとシヴァの惚気がほとんどだった。
「魔族抜きだと新婚旅行そのものだな。」
〔うん。シャスタと旅行するのって初めてだから楽しいの。シヴァも下界を楽しんでるみたいよ。〕
「楽しむのは良いけどな。喧嘩は程々にしろよ?中身はシヴァ神でも身体はシャスタなんだからな。」
〔大丈夫よ、殴ったりしないから。〕
笑うシルビアの隣で頬を掻いているシャスタ。
何やら物言いたげだった。
「シャスタ、言いたい事があるなら言っておけ。言わなきゃ伝わらないぞ?」
〔えーと、その……サブミッションの痛みが翌日にも残ってますので……〕
〔え、嘘、ごめんねシャスタ。次からはもう少し手加減するわね。〕
〔いえ、顔を狙うシヴァが悪いんですから、手加減は無用ですよ。〕
痛みが残っていると言いながら、手加減無用だと言うシャスタ。
シルビアが困惑している。
「矛盾してるぞシャスタ。ああ、そう言えばお前、Mだったな。」
〔あ。あはは、〕
笑うしかないシャスタを見て、そう言う事だから気にするなとシルビアに言っておいた。
「で?もうすぐインドに着くんだろ?」
〔あ、うん。明日中には着けると思う。〕
「明日中か。なら次の日はシヴァ神の日だな。ハシャぎすぎるなと伝えておいてくれ。」
慣れない下界で何かやらかすんじゃないかと不安だった。
〔あはは、確かにハシャぎそうよね。ちゃんと伝えておくわ。〕
「お前らもな。ハシャいで馬鹿な事するなよ?」
〔はーい。〕
小言になりそうだと思ったのか、軽い返事をして交信は切れた。
このインド訪問がリリィの信心深さに拍車をかける事になるとは、この時には全く思いもしなかった。
「ダン!見て!」
電子アルバムを抱えてやって来たリリィ。
またヴィシュヌ神の写真でも送られて来たのかと、かぶりを振りつつ写真を見る。
そこには男が2人写っていた。
ヴィシュヌ神よりは落ちるが、なかなかのイケメンだった。
現地の人だろうか。
いや、リリィの様子からすると……
「化身?」
頷いたリリィに誰なのか尋ねると、深呼吸して答えた。
「ガネちゃんとカルちゃんって書いてあったから、ガネーシャ神とカールッティケーヤ神だと思う。」
ガネーシャ……?
カール……?
聞いた事のない名前に首を傾げた。
「シヴァ神様達の御子息なのよ。さすがインドよね……。」
化身がたくさん居そうだとうっとりしている。
そんな可能性があるからこそ、インド人の信仰心は高いのかも知れない。
「不思議の国だな、インドは。」
「そうね。インドは神様に一番近い国かも知れないわね。」
そう言って天を仰ぐリリィ。
何やら祈りを捧げ、満足したのか微笑んでいた。
「いつか行こうか?インドに。」
「いいえ。私のような人間が簡単に神様に会えちゃ駄目だと思うの。」
その返事につい笑ってしまった。
「はは、ただの観光旅行だよ。インドの人口から考えてそう簡単には会えないだろ?」
「あ、そうよね……。少し期待してたわ。」
そう言って苦笑する彼女は、駄目だと口にしながら神に会える事を期待していた。
「リリィならいつか会えるんじゃないか?というか、既に会ってるよな。」
「そうよ、神様にお会いしたのよ。あの感覚は忘れられないわ……。」
リリィの意識はその神へと移って行った。
だが、不思議とその神への嫉妬はない。
会った事も見た事もないからだろうか。
いや、シルビア達を善処している神だからかも知れないな。
その神を目にしたのは9月12日の事だった。
前日は騒ぎになっていたらしいが、俺は任務に出掛けていて知らなかった。
夜遅くに帰宅した俺に、興奮気味にビデオを見せたリリィ。
ニュースで流れたカイラース山の映像だった。
「神々の宴ですって!ここに神様がたくさん居るのよ!」
「あ、ああ、そうか、凄いな、」
ぼやけた映像を食い入るように見ている姿に少し引いた。
いや、それどころじゃないな。
「リリィ、あまり興奮するな。身体に障るぞ。」
「でもここに」
「後で写真が送られて来るんじゃないか?」
「あっ、きっとそうよ!ああ、早く送られて来ないかしら!」
今度は電子アルバムを抱きしめてそわそわしている。
そんな彼女を落ち着かせ、身体を休ませようとベッドに連れて行った。
「遅いんだからもう休めよ。明日には送られて来るだろうから。」
「分かった、休みます。」
心配する俺の顔を見て素直に眠りに就いた。
リリィが眠ったのを確認し、パソコンを開く。
リリィが興奮するから早めに写真を送ってくれと、シルビアに催促のメールを送った。
余計に興奮するんじゃないかと心配されたが、見えない神々を探すよりはマシだと返した。
直後、電子アルバムに受信を知らせるメロディーが鳴った。
その音を確認し、パソコンを閉じてベッドに向かう。
眠るリリィの隣に身を置いて、俺も深い眠りに就いた。
翌朝目覚めると、隣にリリィの姿はなく──
「リリィ?」
「あ、おはようダン。」
ご機嫌のリリィがソファーに腰掛けていた。
その手には電子アルバムがある。
「写真が届いたのか?」
「ええ。誰が誰なのか分からないけど、神様の写真がたくさん届いたわ。」
答えながら手招きされ、リリィの隣に腰掛ける。
「見て。彼が私の会った神様よ。」
「若いな……。」
流行りの髪型をしたプラチナブロンドの男。
マルクと同じくらいに見える。
「神様も女神様もみんな若い姿をしてるみたい。」
写っている神々はみんな若かった。
化身するなら若い姿が良いって事か?
「あ、ほら見て。ガネーシャ神とカールッティケーヤ神よ。シャスタさんと親しげに写ってるわ。」
2人の肩を抱き、ニカッと笑っている姿。
中身はシヴァに違いない。
「女神様も綺麗よね。2人しかいないけど……。」
女神はラクシュミーの他に一人だけしか写っていない。
もう一人の女神はプラチナブロンドの神と一緒にいる。
多分、この神の伴侶だろう。
「奥さん連れって事はきっと格上の神なんだろうな。」
シルビア達を善処できるくらいだし、かなりの権限を持っているに違いない。
神らしい神だからこそ嫉妬も起こらないのだろう。
「それにしても、こんなに神がいるとは驚きだな。」
「ふふ、インドならではよね。何の神様なのかしら。」
そう言って、たくさんの神を嬉しそうに眺めていた。
この日から、リリィは全ての神を日替わりで崇める事となる。
と言っても、写真が日替わりで飾られるようになっただけで他に変化はない。
クッション用の刺繍をしたりハーブの世話をしたりと、リリィはいつもと変わらない毎日を過ごしている。
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