よろしくエンドロール

爆竹散太郎

よろしくエンドロール

 月曜日を迎える憂鬱に、眠りを殺されぬように毎週末日曜、一本の映画を見る約束を彼女とした。プロジェクターを使ってモダンな白壁に映る画面は、この貧相なワンルームに於いて贅沢な気品を醸し出していた。名作という名作はもう見尽くしたので、今週は奇を衒った一作を見ることにした。


鬼気迫る内容は無く…


終始穏やかで…


とても…とても…


 ぽろり、と自分の頬に雫が伝う感覚を覚える。まさか、と思って慌てて手で拭ったそれは間違いなく涙だった。終始波のないストーリーラインは、確かに退屈そのものだったはずだ。なのに、エンドロールが流れてから、僕だけが映画の中に取り残されたような気がして、とても寂しかった。


 ちらりと横に目をやる。こんな映画で泣いているところを彼女に見られるなんて恥ずかしいなんてもんじゃない。どんな冷ややかな目線をくれているのか、はたまた僕と同じように涙を流しているのではないだろうか、なんて一欠片の淡い期待を握り込んで見る。そこには淡い期待も予防線の期待も彼方遠くに外れた、静かな寝息を立て、動物のように丸くなった彼女がいた。


 人間なんて、個性があるとはいうけれども大体同じ体で画一されてるのだから、きっと中身も変わらないんだろう。名作を見た時、そう思った。けれども、隣で眠る彼女を見て人間は本当に孤独なんだと知った。生まれてから死ぬまで、いくら外殻で触れ合おうとも、内側の不定形な僕らは本当に繋がることなど出来ない。


 エンドロールが終わって、おもむろに地上波にチャンネルを変える。偶々切り替わったチャンネルでは深夜のニュースが流れていた。僕の内側から漏れ出した涙はさっきの映画に落としたまんまな気がして、頭が落ちた鳥のように呆けて訳もなく見つめている。色々な悲しいニュースが流れてくる。その一つ一つ、どれを取り上げても動脈を優しく切り込むような、辛いニュースばかりだ。だけれども一つとして涙は流れない。


 以上、とキャスターが終わりを告げる。エンディングテーマに聞いたことのない邦楽が流れる。普段、すぐさまチャンネルを変えてしまうのだがどうしたのだろうか。何だか今夜はその曲が良いと思って、ゆっくり不器用だが確かに合わせて、ステップを踏む。ゆっくり揺れるように上半身を動かす。ゆっくり、本当にゆっくり、音もなく僕は踊る。今、彼女が目覚めて僕を見たら、笑ってくれるだろうか。それとも拒否されるだろうか。まあ、いずれにしろ僕の裸を知っている彼女だって知らない、僕が今ここに居ることは確かだ。


 どこまでも孤独なんだって思い知った。そんなんなのに、夫婦愛だとか、情愛だとかで暮らせて居るのは本当に同じ人間なんだろうか。いつか見た映画に、幸せそうな夫婦が衰弱して死んでいく物語があった。それを二人で見た時、揃って

「僕ら、こんな風には成れないね。」

と言いあったことを思い出した。それで

「私達、地球外生命体かもね。」

なんていうから、面白くって仕様がなかった。


 ふふっと、息を漏らすように思い出し笑いをする。踊る僕を知らぬように、きっと僕の知り得ない彼女が居るだろうに、たった一言に笑えるほど共感できてしまう。この分かった気になってしまう誘惑や罠を全部ごみに出せた時、きっと僕らの涙の源流を混ぜ合えるのだろう。


「んん…おはよう…」

さっきの思い出し笑いでどうやら起こしてしまったようだ。彼女は眠い目を擦りながら一言、

「今週もよろしくね。」

と言った。時計の短針は零の数字を通りすぎていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

よろしくエンドロール 爆竹散太郎 @bakuchiku3tarou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る