某チェーン店の牛味ちゃんに恋をした。肉厚な君を食べるために僕は牛丼を食べ続けた。

空落ち下界

第1話 肉厚スマイルに恋をした

駅前のロータリーに面した大きな書店。

そのすぐ隣。どこにでもあるような牛丼チェーン店がある。赤と黄色の看板、注文カウンター、ぎゅうぎゅう詰めのテーブル席。店構えは至って普通。


だが、僕がその店に足しげく通うのにはたった一つだけ……絶対的な理由があった。


「いらっしゃいませ〜!」


ドアを開けた瞬間、明るい声が耳に飛び込んできた。心臓が跳ねる。厨房からフロアに出てきたその人影を見て、僕は息を飲んだ。


彼女の名は――牛味 澪(うしみ・みお)。


制服のシャツの下で、揺れる、揺れる。どうかしてるってくらいに重力に逆らって、ぶるんぶるんと主張してくるそのボディ。

顔は女優みたいに整ってるわけじゃないけど、童顔で、くるっとした目元にふわっと笑うその表情がたまらなく可愛い。


「こちら、三種のチーズ牛丼でお間違いないですか〜?」


差し出されたトレー越しに僕と目が合った。ニコッと笑って、「はい、どうぞ〜!」と、笑顔で渡してくれる。その瞬間、全世界の光が彼女にだけ降り注いでいるような錯覚に襲われる。


ぐっ、ヤバい。何がどうって、おっぱいだ(?)。


初めてここに来たのは三週間前。昼休みを逃して、空腹に耐えかねてふらりと入っただけだった。

厨房の隙間から彼女が出てきて、注文を取ってくれたその一瞬で、僕は恋に落ちていた。


牛丼屋で出会った、その名前に似つかわしい彼女。

牛味。読みは「うしみ」って書いてあったけど、見た瞬間「まんまじゃん……」って思わず吹き出しそうになったのを何とか堪えた。


そこから、僕の牛丼生活が始まった。


時間が合えば夕方のバイト前、休日は昼と夜に二回、雨の日だって雪の日だって通った。理由なんて一つしかない。彼女に会いたかったからだ。


店に入るとまず、厨房をチラッと見る。彼女がいるかどうか、それが全てを左右する。

見つけたときは、その日が大当たりの日に変わる。いなかったら、一度出て時間をずらすことすらある。僕の牛丼ライフは、もはや彼女の存在によって運命づけられていた。


もちろん、他にも“彼女狙い”の常連はいる。スーツ姿のサラリーマン、無駄に声がデカい大学生、食べきれないくせに大盛りを頼む若い男。

彼女をちらちら見ながら、何食わぬ顔で牛丼をかきこむ奴ら。みんな分かりやすい。でも、僕は違う。毎回“同じメニュー”を“同じ態度”で頼んで、徐々に印象を刷り込んでいく作戦なのだ。


「三種のチーズ牛丼、並盛りと……味噌汁もお願いします」


もはや口癖みたいに出てくるオーダー。初めての注文をずっと変えずに続けていたのは、あの日彼女が「チーズお好きなんですね」って笑ってくれたのが嬉しかったからだ。


そうして通い詰めること十日目くらい。ついに、彼女の口から僕への“進展”があった。


「三種チーズ、今日もでいいですか?」


何気ない一言だった。でも、僕の中では祭りが起きていた。覚えられている……!


顔を赤くしないように気をつけながら、僕は頷いた。あの日の牛丼の味は、一生忘れないと思う。

塩分過多なはずなのに、あんなに甘かったなんて。


彼女がどんな人なのか、僕はまだほとんど知らない。年齢も、学校も、趣味も、家族構成も。

でも、働いている姿を見る限り、よく気がつくし、笑顔を絶やさないし、紅しょうがが切れてもすぐに補充しに走る。少なくともそんな姿は見ている。


真面目で、親しみやすくて、それでいてちょっと天然っぽくて――おまけにありえないくらいに爆乳。


正直、目のやり場に困る。でも、そこがいい。

いっそ神々しさすらある。

この人のためなら、週7牛丼でも構わない。

血圧? 尿酸値? 知らん。

僕は、心の底から彼女を食べたいと思っている。

心も身体も。いや、主に身体かもしれない。

でもそれだけじゃない、と思いたい。


周りはライバルばかりだ。

「紅しょうがください」ってだけで三往復させてる奴もいた。常連ぶって、他のバイトの子に態度でかくする奴もいた。でも僕は、正面からいく。

地道に積み重ねていく。牛丼と同じ。ご飯の上にタレがしみた肉、そしてその上にとろけるチーズ。

じわじわ、じんわり、味を染み込ませていく。


そして、今日も僕は席につく。


「いらっしゃいませ〜! 三種のチーズ牛丼ですね!」


声の主は、もちろん彼女だった。


うなずくと、彼女は目を細めて笑った。

その胸元が自然に揺れる。控えめに言って、最高だった。自動販売機があったら、もうワンコインでその瞬間を記録したいくらいだった。


いつか彼女に告白できる日が来るのだろうか。

名前で呼ばれて、電話番号を交換して、どこか一緒に出かけるなんてことが。


ありえない。そんなの夢みたいだ。

でも、今の僕には、それしか目標がない。


彼女の笑顔を見るたびに、僕の胃袋と心臓が一緒に満たされていく。


この恋がいつか実を結ぶかどうかなんて、正直わからない。

けれど、ただ一つだけ確かなことがある。


僕は、牛味澪に恋をした。


その恋を手放さない限り、僕はこの店に通い続けるだろう。ライバルがいようと関係ない。


僕は、牛味澪が大好きだ。


たとえ、尿酸値で引っかかろうとも明日も彼女のいるこの店に通うだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る