第9話 2人の交錯

それから三日後、僕がいつもの教室に入ろうとした瞬間、

「冬馬!約束通り来たよ」

ポンっと肩を叩かれた。

「そっちが勝手に取りつけた約束だろ」

そう突っ込むと、すかさず笑いながら返ってくる。

「いいじゃん、中学からの仲でしょ〜?」

前の夏希なら、きっとこんなふうに冗談も言えなかったはずだ。

その変化に、僕は内心ちょっと驚いていた。彼女はきっと、相当努力してきたんだと思う。


そんなやり取りをしていると、後ろからパタパタと軽い足音が近づいてくる。


「えっ? 冬馬? 、、なんで夏希さんが?」 


驚いたように声を上げたのは陽菜だった。

少し小走りでこちらにやってくると、夏希はにっこりと手を振る。 


「待ってたよ、陽菜さん」


「今日、夏希がモデルをやってみたいって言うから、連れてきたんだ」 


そう説明すると、陽菜は一拍置いてから笑顔を浮かべた。

「へぇ〜、よかったじゃん。モデルやってくれる人が増えてさ」


言葉だけ聞けば祝福しているようだけど、その奥にある感情は、、僕にも、夏希にも伝わってい

た。

「ま、とりあえず入ろうか。ここで立ち話も変だし」


そう言って三人で教室に入り、三角形になるように机を囲んで座った。


しばらく雑談をしていたが、ふと陽菜がこちらを見ながら口を開く。


「ねぇ、淵本さんって冬馬くんとどんな関係なの? モデルを“自分から”引き受けるなんて、ちょっと意外だったけど」


「私はね、冬馬くんと中学校が同じだったの。それで、困ってたみたいだから、、手伝ってあげようかなって」

「へぇ〜、、中学校が同じ、ね」

陽菜の言葉は笑っているのに、どこか刺すような響きがあった。


「そういえば陽菜さんって高嶺の花って言われてるよね。なんでそんな人が、冬馬くんのモデルな

んて引き受けたの?」


少し意地のある夏希の言葉に、陽菜はすぐには答えなかった。けれど、やがてまっすぐな声で

言った。


「最初は断ろうと思ってた。でも、、真剣な彼の目を見て、引き受けてもいいかなって思った」


「へぇ、最初は断るつもりだったんだ」


「そりゃあ、僕だって誰にでもホイホイついてくわけがないだろ」


「まあ、高碕さんって運動神経いいし、身長も冬馬より高いから変なことされても制圧できるって

考えたんでしょ」


「なぜわかるんだよ、夏希」


初めに、陽菜に言われた言葉をそっくり言い当てられて僕は驚いてしまった。


「まあ、それもあったけど、あの時の冬馬いつも見せないような特別で、すごく真剣な目だったか

ら」


その言葉に、夏希の瞳がほんの一瞬、鋭く細められた。

「特別、か。、、確かに。私もそう思ってたよ」


「思ってた?夏希も?」


「うん。中学の頃の私は、元々、考えられないような地味な子だったんだ。誰の目にも映らないよ

うな存在。でもね、冬馬くんだけは、私をちゃんと見てくれて」


「、、」


「見るって、そういうことじゃない? 見た目とか、噂とか、肩書きじゃなくて、その人自身を見てくれるかどうか」


「ふぅん。でも僕は、ちゃんと自分のままで向き合ったよ。作られた自分じゃなくて」 


「、、私は“変わりたい”って思った。誰かの目に、ちゃんと映りたかった。、、そのきっかけが、冬馬くんだったから」


二人の声は静かだった。けれど、その奥で確かに、火花が散っていた。


どちらも、「冬馬に見てほしい」と願ってきた。

どちらも、「自分こそが特別でありたい」と信じていた。

夏希が机に肘をつき、少しだけ前のめりになる。

「ねえ、陽菜さん。さっきから言ってる、特別って思えるのって、どうしてだと思う?」


「どうしてかって言われるとわからないかも?」


「、、見つけてもらえたから、だよ。冬馬くんに」


その言葉が言われ、陽菜は何かわかったように顔を少し背ける。

「私も、見つけてくれたのは冬馬くんだった。だから、ここにいるの」

ピタリと交差した視線。

微笑みながらも、どちらも一歩も引かない。

互いの想いが静かに、しかし確かにぶつかり合っていた。

まるで、音もなく燃え上がる炎のように。

その空気に、俺は思わず息を呑んだ。

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