第2話 陽菜を描く時
「そこ、もうちょっと腕を上げてもらってもいいかな?」
「こ、こう、、かな?」
少し恥ずかしそうにそしてぎこちなくポーズをとる陽菜の姿に、思わず見とれてしまう。
冬馬は視線を紙に戻し、静かに鉛筆を走らせた。
「、、すごく、いいと思う」
描きながら、自然と頬が熱くなるのを感じた。
恥ずかしさはある。だがそれ以上に、人物が今までよりずっと生きているように描けていることに、自分でも驚き、そして嬉しく思っていた。
「見られるのには慣れてるつもりだけど、こうしてじっと見られるのは、なんか恥ずかしいね」
「うん。俺も、けっこう恥ずかしい」
「なんで描いてる方が恥ずかしがってるのさ」
笑いながらそんなやり取りができるようになったのは、こうして放課後の時間を一緒に過ごしてき
たからだろう。
少しずつだが、陽菜との距離が縮まっているのを感じる。
描いているうちに、ふと思うことがあった。
二次元のキャラクターを描くときは、非現実的なほど理想化されたスタイルにするのが普通だ。
けれど、目の前の陽菜のスタイルは、現実とは思えない
ほど整っていた。
むしろ、彼女の存在が二次元を超えているようにさえ思える。
「、、改めて見ると、ほんとすごいな」
「え?なにがすごいの?」
「いや、別に、、何でもない」
「嘘だね。君、思ったことすぐ口に出すクセがあるじゃない」
完全に見透かされていた。
もはや、陽菜には自分の思考が筒抜けなんじゃないかと思うほどだ。
「いや、その、、スタイルが、さ」
「ん?なに?聞こえなかったなあ」
「高碕、、!」
「ほらほら、スカウトしてきたのは君の方だろ?今は僕がモデルの立場なんだから、お願いするな
らちゃんとしてね」
挑発するような笑みを浮かべる陽菜に、内心カチンと来た。
だが、それ以上に、口の中がカラカラに乾くほど恥ずかしい。
だけど、もう覚悟を決めるしかなかった。
「、、ああ、言ってやるよ。高碕、お前はスタイルが良すぎるんだよ!」
叫んだ直後、顔から火が出るかと思うほどの羞恥心に襲われた。が、その言葉を聞いた陽菜も、
ほんのりと頬を赤らめていた。
「なんだよ、、言わせた本人が照れてどうするんだよ」
冬馬はそそくさと視線を戻し、絵に集中するふりをした。
陽菜は顔を両手で覆って、椅子に腰を下ろしてしまう。
「、、ごめん、高碕。ちょっと熱くなった。気持ち悪いって思ったなら、それでいい。でも、モデルをやめるって言わないでほしい」
冬馬は小さく、でも真剣に謝った。
「ううん。煽った僕も悪かったし。でも、、そういう目で見られるのは、ちょっとだけ控えてね」
「あ、ああ、、」
落ち込んで肩を落とす。
たとえイラストを描くためでも、人の体をまじまじと見る行為は文面にすると完全にアウトだ。
誤解されても仕方ない。なのに――
「でも、君の真剣な目で見られるのは、、嫌いじゃないよ」
「え?今なんて?」
「聞こえてないなら、それでいい。でも、、反省の意味も込めて君には罰ゲームってことで、これからは高碕じゃなくて、陽菜って呼んで」
「、、は?なんだよ、それが罰ゲーム?」
「うん、それだけ。でも、クラスの中で陽菜って呼べる?」
「、、無理ですね」
即答だった。冬馬は周囲とあまり関わらないタイプだ。
そんな彼が、クラスの“王子”を下の名前で呼んでいたら、周りがどう反応するか想像するだけでゾッとする。
というか、この関係がバレたらそれこそ色々と面倒なことになりそうだ。
「じゃあ、罰ゲームだね」
「、、分かったよ、陽菜」
名前を呼んだ瞬間、陽菜は目を丸くして、そしてふわりと笑った。
「それでいいんだよ」
その笑顔が眩しくて、思わず目を逸らしてしまう。
「、、でも、放課後だけじゃダメ?」
「ダメです」
「即答かよ!」
陽菜は、バイトとは言えこの時間をそれなりに楽しんでくれているようだ。
それが分かっただけでも、少し救われた気がする。
冬馬は再び鉛筆を握り直し、陽菜を見つめる。
描きたい、と思った。彼女の笑顔も、姿も、その一瞬一瞬を、全部。
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