君と描くを超えて
ソウタ
第1話
誰にでも、スランプというものはある。
綾井冬馬も、まさにその真っただ中にいた。
パソコンのディスプレイに映るのは、彼がSNSに投稿したイラスト。
そこに寄せられたコメントが、容赦なく胸に突き刺さる。
「前よりバランスが崩れてませんか?」
「立体感がなくなってる」
「同じ構図が多すぎる」
そんな言葉を見た瞬間、彼は無意識に額を押さえ、深いため息をついた。
前までは嬉しいはずのフィードバック。
だけど「前の方が良かった」「下手になった」と言われるたびに、喉の奥が詰まるような苦しさを感じる。
実際、昔の作品と今の絵を見比べてみると、違いは一目瞭然だった。構図は単調になり、
キャラクターは平面的。勢いや奥行きを失っていた。
「このままじゃ、経験を積める仕事が来なくなるのも時間の問題か、、」
俺は一応イラストレーターだ。
商業案件も小さいものだか幾つかはこなしたことがある。
けれど、評価が落ちれば、自然と声もかからなくなる。
「、、だったら、アレを試してみるか」
翌日、登校した冬馬を迎えたのは、いつもと変わらない教室の風景だった。
だが、その一角にだけ妙に人が集まっている。誰もが自然と視線を向ける先、そこに立っていたのは、高碕陽菜。
整った顔立ちに、丁寧な言葉遣い。
誰にでも分け隔てなく笑みを見せる彼女は、まさに“学校の王子様”のような存在だった。
「、、綺麗に、笑うんだな」
思わず口をついた言葉に、すかさず背後から声が飛んできた。
「お、ついに高碕に興味を持ったか?」
振り返ると、そこには悪友・沖野翔太のニヤけた顔。
冬馬の数少ない友人だ。
「まあ、、ちょっと、興味は湧いたかな」
「ほんと今まで何でスルーしてたんだよ。あんな二次元超え、なかなかいないだろ」
「俺は、、描けるけどな」
「お前、本気で言ってるw?」
「うるさい」
翔太は、冬馬がイラストレーターであることを唯一知っている友人だった。
だからこそ、遠慮なく核心を突いてくる。
「お前の絵、可愛いんだけどさ。最近、髪型とか構図とか、テンプレ化してない?」
「、、わかってるよ。自分でも、アイデアが枯れてるの、痛いほど感じてる」
本当は認めたくなかった。でも、翔太の前だと、不思議と本音が漏れてしまう。
「スランプってやつだな。無理に描いても余計ハマるぞ。少し離れてみたら?」
「離れるって言っても他にすることがない」
「だよな、スポーツも出来ねぇもん」
「うるさいな〜」
そう言いながら、冬馬は心の中で静かに決意を固めた。
放課後の人気のない教室で、冬馬は一人スケッチブックと向き合っていた。
デジタルではなく、紙と鉛筆で描くという、いつもの調子の上げ方に頼ってみたのだ。
描くのは、ペットボトル、消しゴム、窓の風景、自分の身の回りにあるものばかり。
けれど、意外にも手は止まらなかった。すらすらと線が走り、形になっていく。
身近な物を描いたのだが、うまく描くことができ、人物のラフを描いてみたが、そこで突然手が止まる。
バランスが取れない。顔のパーツも歪んで見える。
「なんで、人だけ描けないんだよ、、」
イライラ混じりに呟いた、そのとき。
ガラガラと教室の扉が開いた。
「先生ですか?もう少しで片付け――」
振り返った彼は、思わず目を見開いた。
そこに立っていたのは、あの高碕陽菜だった。
「綾井くん、、だよね。先生に頼まれて呼びに来たんだけど」
「えっ、もうそんな時間か、、。集中してると、時間感覚、バグるな、、」
「絵、描いてたんだ?」
「まあ、、趣味っていうか、そんな感じ」
「へえ。私も一回描いてみたけど、全然ダメだった。線すら真っ直ぐ引けなかったよ」
無邪気に笑うその顔は、まるで春の陽だまりみたいだった。
「、、綺麗だな」
ふと、言葉が漏れた。
「えっ?」
驚いたように目を見開く高碕。
「あっ、ごめん。、、笑った顔が、すごく綺麗だなって、つい」
冬馬が慌てて取り繕うと、高碕は少し頬を染め、視線を逸らした。
「、、なにそれ。口説いてるの?」
「違うって。ただの感想。、、でも、本当にそう思ったんだ」
その瞬間、確かに冬馬の中で何かが動いた。
高碕陽菜の笑顔には、今の自分の絵に決定的に欠けている“人を惹きつける力”があるそう直感
した。
「ねえ、高碕さん。、、もし良ければ、俺の絵のモデルになってくれない?」
「、、え? 私が?」
最初はぽかんとした顔をしていた彼女も、すぐに言葉の意味を理解し、驚いたように目を丸くし
た。
「うん。変なお願いだってのは分かってる。でも、君を描けば、何か掴める気がするんだ」
冬馬は深々と頭を下げた。
「ちょ、ちょっと! そんなに頭下げないでよ、、。わかった、引き受けるよ」
「本当、、?」
「うん。君にそこまで言われたら、断れないじゃないか」
照れくさそうに笑いながら拳を握る高碕。その仕草が、また美しかった。
「じゃあ、週に二日。
一回一時間でいい。、、バイト代も出すよ」
「ちょっと待って。その前に、条件一つだけ」
「もちろん。雇う側だし、聞くよ!」
「もし私に変なことしたら――社会的にも物理的にも消すからね」
「、、もし、したら?」
「まず叫んで、先生呼んで、、顔面に2、3発、いくかな?」
拳を握って微笑むその姿は、笑顔なのに怖かった。
「やだ、、怖い、、」
「でも、君はそんなことしないよね。ていうか、できないよね?」
確かに。高碕は自分より背も高く、運動神経も抜群。インドア派の冬馬が敵うはずもない。
「分かったよ。、、じゃあ、これ。俺の連絡先。使える曜日、連絡ちょうだい」
スマホを取り出すと、高碕も自分のを取り出して連絡先を登録する。
「あ、冬馬っていうんだ。下の名前」
「今まで知らなかったのかよ」
「人の名前、覚えるの苦手でさ」
「、、じゃあ、これからよろしくお願いします、高碕」
「うん。こちらこそよろしく、冬馬くん」
こうして、綾井冬馬と学校の“王子様”
高碕陽菜の、不思議なモデルとイラストレーターとしての関係が始まった。
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