第30話 二人目
「好きになった理由、か~。...郁ちゃん、笑わないって約束してくれる?」
実を言うと渚はこれまで投げかけられたこの類の質問に対し、「杉内君って結構かっこいいから」とか、「彼氏が居れば楽しそうだから」とか当たり障りのない返答をしていて、晴馬の告白を受け入れた本当の理由を誰にも話していなかった。
でも、郁にだけは本当の事を話さなければならないと思った。彼女は自身の辛い事実を晒してまでも晴馬を救う為に立ち上がってくれたのだ。ならば彼女からの問いには誠心誠意答えるのが筋だと、渚は思った。
「勿論だよ!」
郁は大きく頷く。相変わらずこちらを見つめる綺麗な黒い瞳には、恋愛話で盛り上がろうとする、下世話な光が全く宿っていなかった。それが、渚に安心感を与えてくれる。
「ありがとう。最初に晴馬君の事を意識しだしたのは二年の冬位かな。学級委員の仕事で晴馬君が登校中の挨拶活動している時、他の生徒には普通に挨拶してたのに、私が通った時にだけあからさまに視線を落として、『おはようございます』も言わなかったの。それ以外にも体育祭終わったくらいからクラスで目が合うことが多くなって、その時からなんとなく『私の事好きなのかな』みたいな事は感じてた。でも本当に気になりだしたのは、二学期の終業式の日だった」
渚は続ける。
「二年の時の学級委員って晴馬君と大島さんだったじゃん?それで終業式の日の放課後に晴馬君ね、大島さんに『一緒に仕事してくれてありがとう。お世話になりました』って、お菓子の詰め合わせを渡してたの。それもスーパーとかコンビニで売ってるような普通のお菓子じゃなくて、お洒落な紙袋に入ったちょっと高そうなやつ」
「へ~!凄い素敵!」
晴馬のその行動に郁は素直に感心した。ちなみにその日郁はいつものように学校を休んでいた為、そのことは知りようが無かった。
「しかもそれを渡して大島さんからお礼を貰ったら、そのままさらっと部活に行っちゃったの。それが何というか凄いスマートというか、同い年の人には見えなかった。二年の時のうちらのクラスってバカな男子ばっかだったから、余計にね?」
「そうだね」
二人は仕方なさそうに微笑んだ。渚の言う通り、二年生の時の彼女たちのクラスは良い意味でも悪い意味でも小学生のような男子ばかりが固まっており、休み時間中にじゃれ合って、その勢いで机や椅子を破損させたり、立ち入り禁止になっている学校の屋上に侵入したりをしていた。そんな環境にいれば晴馬のその行動が際立って見えるのも当然だろう。
「それじゃ、それが杉内君を好きになった理由?」
「うん。きっかけはやっぱこの出来事かな。その時はもう『晴馬君は私の事が好き』って私の中で勝手に決めつけちゃってたからさ、『私の事好きなのにそういうことするんだ~』みたいな?そういう感じになって。言っちゃったら、もう完全に嫉妬だよね。それでその時の気持ちを上手く整理出来ないままでいたら、普通に好きになっちゃった。単純だよね、私って」
(やっば、恥ずかし...)
全てを話し終え、渚は恥ずかしさの余り顔を両手で覆いたくなった。異性を好きになった理由なんて誰に話そうと心臓がバクバクするのに、その理由が「他の女子にプレゼントしているのを見て、それに嫉妬したせい」なんて。郁に「笑わないで欲しい」とは伝えたものの、寧ろ派手に笑い飛ばしてくれたほうが気分が楽かもしれない。
「ううん。全然単純なんかじゃ無いよ。杉内君の行動もカッコいいし、それがきっかけで杉内君を好きになった渚ちゃんも素敵だと思う」
だが郁は渚の願い通りそのエピソードを笑う事などしなかった。
「また神様の話に戻るけどね、神様って周りの人間の為に率先して動いたり、感謝の気持ちをしっかり伝える人を気に入るらしいの。大久保君の話もあったし、杉内君のそういう行動の積み重ねが杉内君を魅力的にしているんだと思う」
「ありがとう...」
渚は恥ずかしさを紛らわすために残っていた大皿のフライドポテトを口に放り込む。だがその一方で好きな人を他人に褒められるというのは、存外に気分が良いものだった。
「話してくれてありがとう、渚ちゃん。私も杉内君が居なかったらここまでこの学校にいられなかったかもしれない。だからさ、杉内君が帰って来たら、また皆で集まろうよ。今度こそ大久保君も一緒にさ!」
「うん!」
だが郁のその提案を快諾した時、渚の中にとある疑問が浮かんだ。
「ねえねえ郁ちゃん。思ったんだけどさ」
「ん?」
「どうして郁ちゃんは澱神のせいで体調を崩しちゃうのに関央に通い続けてるの?」
そう。成績に響いてしまう程の欠席をしてしまう位澱神の影響を受けてしまうのなら、いっそのこと転校してしまえばよい話だ。それに郁は度重なる欠席のせいで多少成績は落ちているものの、テストの出来自体は毎回物凄く良い。他校に移ったとしても勉強についていけなくなるということはまず無いだろう。
「やっぱ、気になる?」
そう言う郁と視線が合い、渚は不躾な問いだったと直ぐに思った。
「あ、でも嫌だったら話さなくても全然...」
「ううん。そんな恥ずかしい事じゃないから。私ね、将来先生になりたいんだ」
渚の心配をよそに、郁はあっさりと口を開いた。
「先生に?」
「そう。ほら、関央大学って教育学部で凄い有名な大学じゃん?だから中学受験の時からどうしてもここに行きたかったの。学費は凄いかかっちゃうけど、確実に関央大学に進めるから」
「...澱神のせいで辛い思いをしても?」
郁は大きく頷く。
「うん。私小学生の頃、霊感が原因で遠足とか修学旅行とか全然楽しめなかったし、そのせいでいじめられてた事もあったんだ。でも四年生の時に担任になった先生が偶々霊感が強い人で、学年が上がった後でも私の事をずっと気にかけてくれてたの。だから将来、私もそんな先生みたいな大人になりたいなって思ったんだ。それに私、子供とか結構好きだし」
渚は再び、しかし先程とは全く違う意味で、郁が同い年の女子には見えなくなった。高校受験どころか中学受験の頃から将来の夢をしっかり定め、その為に具体的かつ現実的な進路を進んでいるなんて、思いもしなかったからだ。
それに比べ、将来は愚か、大学に行く意味なんて考えた事も無い自分は。渚はまた、今までとは違う意味で、自分が恥ずかしくなった。夜遅くまで勉強をしている兄を見て、「大学受験って大変なんだな」とか「私はこれを経験しなくていいんだな」といった感想しか抱けない自分と郁とでは、正に月とすっぽんだ。
「凄いね...。この時期から将来の事しっかり考えているなんて」
「ありがとう。でもこの前、個人面談の時に先生から『まだ大学までは時間があるからもう少し視野を広げてもいいんじゃないか』って言われて、それもありかなって思ったんだ。関央ってどの学部も普通に偏差値高いし」
「意識高すぎかよ~。私なんて大学の事これっぽちも調べたことないのに~...」
ピコンッ!
その時、テーブルに置いていた携帯の通知音が鳴った。
(まさか、大久保君...!?)
その期待を胸に渚は急いで携帯を手に取り画面を開いた。そして、そこに表示された通知の内容に肩を落とす。
「誰かから連絡?」
「ううん。ニュース」
それはネットニュースの報せだった。携帯にデフォルトで入っている検索エンジンに最近アップデートが入り、位置情報の共有を許可していると自分が訪れた場所で起きたニュースを通知で知らせて来るようになったのだ。だが基本的にどうでもいい内容なので、シンプルに鬱陶しい。
「何のニュース?」
「えっとね...うわ、交通事故だって。『今日の12時頃、秋山神社前駅で白いセダン車が、道路に飛び出して来た女性を避けようとしてバスターミナルの照...明に...』」
記事を読みながら画面をスクロールしていた渚はそのページにあった事故の写真を見た瞬間、心臓に氷柱を打ち付けられたかのような、冷気を伴うような鋭い痛みを感じた。
電柱に正面から突っ込みボンネットがぺしゃんこになっているその車は明らかに、一昨日乗った松原の車だった。
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