第25話 希望の兆し

優悟は松原に、渚と神社に行ってからこれまでの事を洗いざらい全て話した。彼のあまりの剣幕に最初圧倒されていた彼女だったが、次第にその出来すぎた話に引き込まれていった。


「それで、その練習試合の事がまだ分からないんです。晴馬が急にダンク出来る位のジャンプをしたのが澱神のせいなのかが...」


「なるほどね...」


松原はテーブルに置いた、姫神と澱神の絵にそっと手を添える。


「それも恐らくは澱神の影響だと思うわ。澱神に憑かれた事でその若者は悪夢を見る以外にも、心と体が蛙のようになってしまったと言われているの。田んぼに迷い込んだ蛇を見て異常な程怯えたり、それこそ一跳びで家の屋根に登ったりね」


「じゃあやっぱり...」


「えぇ。晴馬君は既に肉体も精神もかなり澱神に蝕まれている。それとさっき教えてくれた、鳥居を通った時に鈴の音が聞こえたってやつ。下川さん、晴馬君と神社に行った時間って雨上がりだったりしなかった?」


松原の問いに渚は顎に手を添えあの日の事を思い出す。


「...はいそうです!あの日はお昼に結構強い雨が降って、神社に行く頃も飛び越えきれない位の水溜りが残ってたりしてました。どうして分かったんですか?」


松原は絵に手を置いたまま続ける。


「雨はね、秋水河姫神と澱神、その両方を強める存在なの。厳密には雨が降っている間は姫神様が、雨が降り止んでからは澱神が力を増す時間なんだけど、運悪く貴方と晴馬君は澱神が力を増している時に秋山神社に行ってしまった」


それを聞いた渚は膝の上で両の拳を強く握り、俯いてしまった。


晴馬が憑かれる要因を作ったのは自分だ。その事実に既に気付いていただろうが、いざそれを言及され、堪えるものがあったのだろう。


「そしてこれはあくまで私の推測だけど、晴馬君が聞いた鈴の音、それは姫神様からの『今神社に来てはいけない』という警告だと思うわ」


「警告?」


「そう。きっと姫神様は晴馬君に想いを寄せつつもかつての経験からその想いを澱神に悟られないよう巧妙に隠していたのだと思う。それに恐らく、晴馬君も今まで晴れた日にしか神社に行った事が無かったのだと思うわ。でもその警告が裏目に出て、結局晴馬君は澱神に目を付けられてしまった...」


優悟は大きく息を飲んだ。これで全ての謎が解けた。だったらもう話は早い。あとはさっき松原が言った対策というのを聞くだけだ。


「本当にありがとうございます。これで今まで起きた事全てに納得が出来ました。松原さん、今度はさっき言いかけた、晴馬を助ける為の対策を教えて貰えませんか?」


「勿論よ」


優悟の願いを快諾した松原は鞄から先程よりも大きい別の桐箱を取り出し、その中に入った、これまた古びた紙の束をテーブルに広げた。


複数の紙には全て、青い服を着た男が布団の上で苦しむ様や、田んぼのど真ん中で頭を抱えてうずくまる絵が描かれていた。どの絵も先程の蛇と蛙のそれよりもずっと生々しい画風で、苦手な人が見たら気分を悪くしそうだ。


「これは若者が澱神に憑かれ、悪夢に苦しむ様子や奇行に走る様子を描いたもの。ただ注目したいのは彼そのものじゃなく彼がいる場所よ。ほら、特にこのうずくまっている絵。彼のいる田んぼは既に稲が刈り取られた後。時期で言うと多分、11月位かしら。日本って大体11月から2月は乾燥して、雨が降らないじゃない?雨が無い...そこに姫神様が澱神に敗れた理由があると思うの」


そこで絵を凝視していた郁が、はっとした表情を見せる。


「そうか...!雨が降らなかった...ってことは生みの親である露大神の力を借りることが出来なかった...!そういうことですね!?」


「ご名答よ」


松原は自分のスマホを取り出すと、とある神社のホームページを見せた。


「これは京都にある『千潤ちうる神社』という有名な神社なのだけれど、ここには他ならない、秋水川姫神の親である露大神が祀られている。そしてね、この神社では11月になると『竜降ノたつおろしのぎ』と呼ばれる、天の露大神をお迎えするという神事が行われるの。これによって地上に降りられた露大神は次に天に帰るまで雨を降らすという仕事を休み、来年の仕事に備えて眠りにつくとされている」


松原は続ける。


「姫神様は自分一人の力では澱神を追い出せないことを悟り、天の露大神に助けを求めようとした。だけどその時にはもう露大神は地上で眠りについていてその力を借りる事が出来なかった...。実際にこんな話が伝説として残されている訳では無いし、これはあくまで千潤の人間と私が話して出した仮説に過ぎない。でも、姫神様が露大神の力を借りることが出来れば、晴馬君の中から澱神を追い出せる可能性は大いにあるわ」


「...なるほど」


話のスケールが一気に大きくなったような気がしてならず、優悟は少し置いてけぼりを喰らっていた。それでも松原がそう言うのなら、それに賭けるしかない。


「じゃあ、姫神様がその力を借りるにはどうすれば...?」


「大丈夫よ。その事についても既に千潤側と話は付いてる」


松原はスマホの電源を落とす。


「千潤にはご神体とは別に『渦雫剣うずまくしずくのつるぎ』と呼ばれる、露大神の鱗で作られたとされる宝具があるの。ご神体と同じくらい神聖なものだから本来は神社から出してはならないものなのだけれど、今回は人命に関わる事ってことで、剣を移動させるのは私だけって事を条件に持ち出しが許されたの」


「それじゃあその剣を神社まで持ってくれば...」


「えぇ。それだけの宝具ならきっと姫神様の力になれる。晴馬君を助けられるわ」


『......!!』


優悟と渚は希望に満ちた表情で三度顔を見合わせた。晴馬を救う手立てがあると思って来た場所で、まさかこんな神話や伝説を聞かされるとは思ってはみなかったが、でもそれで晴馬が戻って来るのなら何でもいい。


「それで、剣をこっちに持ってくるのはいつになるんですか?」


「今週末、日曜日よ」


今日は金曜日。つまり明後日だ。あと2日待てば晴馬にまた会える。二人は更に表情を明るくする。


プルルル!


その時部屋の電話から、終了10分前を告げるコールが鳴った。


「もう時間ね。今日は本当にありがとう。あとのことは私に任せて。責任持って晴馬君を助けることを誓うわ。ただその前に、もう1つだけ、貴方達にお願いしたい事があるの。晴馬君に直接、会うことは出来るかしら?」










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