頭上の遺跡への探査機

 はい皆さん、こんにちは。……ちょっと暗いね。もう少し提灯ちょうちんを明るくしようか。うん、これくらいかな。


 さて、今日は社会研究の授業ということで、皆にぼくの仕事について話せたらと思ってます。皆が将来の仕事について考える役に立てばと思います。

 早速はじめようか。


 ぼくは探査文明学というものに従事している学者です。皆、探査文明学って知っているかな?おお、何人かは知ってくれているみたいだね。嬉しいです。

 知らない人のために簡単に説明すると、探査文明学というのは、ぼくたちが生きていけないような環境にある遺跡に対して探査機を送って、そこにあった文明について調査する学問です。考古学の一種だね。


 かなり新しい学問で、本格的な始まりは九十年くらい前の探査機『いおう』の打ち上げからです。

 僕が今の仕事につこうと思ったのは、幼稚園児のころにこの『いおう』のニュースを見たときです。『いおう』から送られてきた映像の数々は幼いぼくの心を掴むのに十分でした。

 『いおう』の送った映像には、建物の跡が写っていました。

 はるか彼方、遠い遠い頭上で、『いおう』は文明の跡地を見つけたのです。


 残念なことに既にその文明は滅びており、自分たち以外の文明と接触するというの悲願は果たせませんでしたが、人類の生きていけない環境にもかつて文明があったというニュースは、当時世間を大いに賑わせました。

 もしかしたらテレビで当時の映像を見たことが有る人もいるかな?


 もっと詳しい探査の話をしましょう。

 調査に探査機を使う理由は、もちろん単に距離的な問題もあるけれど、環境的な問題もあります。

 探査先はさっきも言った通り、人類の生きていける環境ではないからです。

 何故か分かるかな?

 ……ああ、そうだね、君の言う通り呼吸ができない。確かにそうです。

 探査先の環境は我々の呼吸機構が適応できる状態ではありません。

 どうやらかつて頭上にいた彼らは、我々とは違う仕組みで呼吸――体内でのエネルギーを得るための化学反応という広義の意味で――していたようです。


 彼らの生物学的な特徴についてはまだ研究が進んでいなくて、実は我々と同じく酸素で呼吸していたかも分かっていないんです。

 一応、酸素を使っていたという仮説が主流ですが、決定的な証拠はありません。

 彼らの化石でも見つかれば話が早いのですが。


 しかし、探査機を使わなければならない理由は呼吸の問題だけではありません。それだけならば、比較的低いコストで有人調査が可能です。

 最も重大で気をかけなければならない問題は、あたりに充満する放射線なのです。これこそが、まさにあの地の文明が滅びた原因と目されるものであり、有人調査を妨げる主因です。

 有人調査自体は技術的に不可能なわけではありませんが、コストに見合う価値はないというのが学会の共通見解です。


 勘違いしないで欲しいのですが、我々の頭上にあった文明は別に核戦争によって滅びたわけではありません。この放射線は宇宙から来るものです。宇宙線とか紫外線のことですね。

 こうした放射線自体はここにも降り注いでいますが、我々に届くまでに極めて低いレベルまで自然に吸収されたり、散乱したりします。

 ところが探査先にはこうした機能が十分に存在せず、生存を脅かすレベルの紫外線や宇宙線が直に降り注いでいます。

 高価な装備をそろえ、厳重に体を保護しなければ、たちまち死んでしまうでしょう。


 そこで我々の代わりに調査をしてくれるのが探査機です。

 探査機は、探査船に載せられて打ち上げられ、探査船が目的地に着いた後、遠隔操作や自立走行によって調査をします。

 当初は壊れるまでに映像を撮るだけ撮って、後はほったらかしにして捨てていたのですが、ここ十年は探査機がサンプルの回収なども行うようになり、探査船と共に我々のもとに帰ってくるようになりました。


 最近の研究成果についてお話ししましょう。

 この写真を見て下さい。これは六十年前に探査機『すいそ』の撮ったものです。

 水面に突き出た残骸のようなものが見えるでしょう?これは彼らの使っていた船と思われるものです。

 こちらの写真には、海に面した建物群が写っています。これほど綺麗に残っているものは珍しく、研究上とても貴重な遺跡です。

 これらの写真から推測されるように、今までの研究では彼らの生活は海に面した地域に限定され、そうした都市と都市を船で行き来しているのだと考えられていました。


 ところが近年、彼らの生活圏はより広大で、技術水準も想定より高度であった可能性が示唆されています。これは新たな遺跡の発見や、内陸部への調査が進んだことが理由です。

 こちらの写真は、七年前に探査機『ほうそ3』が撮ったものです。山間に巨大な建築物の残骸があるのが見えると思います。これは水を貯蓄するための構造物です。明らかに彼らは、海辺以外の内陸部にも発達した都市や産業を持っていたことを示唆するものです。


 これは『カイコウ』の撮った写真です。破損した金属系の構造物が写っていますよね?写真自体は五十年前に撮られたものですが、発見当初はこれがなんなのか全く不明でした。

 しかし最新の復元モデルと流体力学的シミュレーションによると、これは星の大気中を飛翔するための構造だそうです。

 これと似た物体は他にいくつも発見されており、それは彼らの文明が昔のイメージよりももっと多彩で重層的な輸送手段を持っていたことを意味しています。


 さて、我々のような探査文明学者がよく世間の人に聞かれることに次のようなことが有ります。

「滅亡した文明の調査がいったいなんの役にたつんです?」

 確かに直接的な利益は薄いですし、我々学者もそれを目当てにしているわけではありません。我々の目的は、好奇心の充足と、かつて存在した知的生命体の友邦への敬意として彼らの足跡を理解することです。

 しかし、彼らの贈り物として、利益を得られることは多々あります。


 これを見て下さい。これは『クラゲB5』の回収した地上のサンプルです。

 一見するとなんの変哲もない岩石ですが、これは表面こそ錆びているものの人工的に作られた金属です。ある研究チームの解析によると、鉄に炭素を混ぜた材料であり、極めて高度な微細構造を有しています。

 これは我々は持たない技術で、彼らと、彼らを取り巻く環境だからこそ発展した技術です。

 このような精製や合金化の技術は、現時点の研究だけでも彼らは明らかに我らを凌駕しており、彼らを良く知りこれに習うことは我々の生活をより良くするために役立ちます。


 しかし、彼らと同じ環境に進出すれば、我々も同じ技術を身に着けることが可能だというのが、僕の友人の工学博士の見解です。

 今まで我々の社会で金属精製や合金技術が発展しなかった理由は、高熱の確保や大量のガスが必要であること、排水や水の侵入を防ぐ密閉性など、前提として必要な技術が多かったからです。

 これらの問題は、当該技術を彼らの住んだ土地で実行するのであれば、ことごとく解決するそうです。


 現に隣国の研究チームでは、地上に彼らにならった精製所を建設する計画を進めており、この国の政府も産業計画書で今後五十年で金属材料系の技術を競争力を持って発展させることを盛り込みました。

 今までは、学術目的の高価で小規模な金属精錬が精々でしたが、これからは高品質な金属を安価に大量に生産する時代がくるでしょう。

 そしてそのために牽引役を果たすのは、間違いなく探査文明学です。


 地上は放射線の渦巻く死の土地ですが、それと同時に我々の文明が発展するために欠かせないフロンティアでもあります。

 我らがこの数千メートルのから、水面を越えて地上へと進出する新時代が目の前にやってきています。

 そして、その導き手にかつて地上に有った畏敬すべき隣人の文明がなってくれているのです。

 海面を隔てて上下に別たれた二つの文明が、片方が滅んでしまってもなお、その成果物が片割れのさらなる知性の発展に寄与するというのは、なんと胸鰭むなびれが踊り、エラが動くというものではありませんか。



――老博士は、愉快そうに笑いながら額から生えた提灯を揺らし、目の前の小魚たちに話の終わりを示すように頭を下げた。

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前の文明はかく滅べり 荒糸せいあ @Araito_Kaeru_0828

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