第15話 二カ月ぶりのメッセージ
帰宅した朱里はすぐさまパソコンで『バッドキアリ症候群』を検索した。
【バッドキアリ症候群とは、肝臓を通過した血液が流れる肝静脈や肝部下大静脈が詰まったり細くなったりすることで肝臓に血液がうっ滞(静脈内に血液が滞る状態)し、門脈(腸などの臓器から肝臓に入っていく静脈)の圧力が高くなり、さまざまな症状を引き起こす病気のこと】
朱里は難しい医療用語を紙に書き出し、それを更に検索する。
肝臓という臓器の名前は知っているが、肝臓の役割すら分からないレベル。
大病を患ったことのない朱里にとって、あまりにも未知すぎて、速水くんが今どんな状態なのかすら把握できそうにない。
期末試験が近づき、試験勉強もしなければならないのに、脳内は彼の病気のことで埋め尽くされていて、とても勉強できる状態ではない。
調べてみて分かったことがある。
バッドキアリ症候群には慢性型と急性型があり、急性型の場合は予後がよくないということ。
原因は殆どが不明で、遺伝的なものは殆どないと言われているが、慢性型でも定期的に検査し、経過観察が必要らしい。
「よかった……。速水くんは慢性型だよね、きっと」
薬を服用してて、症状が落ち着いているならば、慢性型に違いない。
あくまでもパソコンで調べた情報によるものだけれど、それでも何も知らないよりはいいと思えた。
「ただいま~」
一階から母親の声が聞こえて来た。
壁掛け時計を見ると、十七時半を過ぎていて、仕事が終わって帰宅したのだと分かる。
朱里は部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。
「お母さんっ、バッドキアリ症候群って知ってる?」
「え、何、いきなり質問? ……バッドキアリ? 聞いたことないから、稀少疾患とかじゃなくて?」
「そうそう! 難病指定の病気なの」
「それがどうかしたの?」
リビングドアを開けると、母親は仕事帰りに買って来た食材を冷蔵庫にしまっていた。
そんな母親に朱里は唐突に質問をした。
都立病院に看護師として勤務している母親だから、もしかしたら知っているかも? と思ったのだ。
「お母さん、脳外科病棟だから、脳以外は分からないこと多いわよ?」
「看護師って万能じゃないの?」
「めんつゆみたいなマルチプレーヤーだと思ってるでしょ。スポーツ選手でも、専門があるように、看護師だって完璧じゃないのよ」
「そっか……」
娘が分かるように、めんつゆに例えて説明した母親。
天然の朱里と会話するのには、この手の例えが一番よく通じるからだ。
「江南病院(母親が勤務している病院)はER(一時救急)と脳外科、それと整形外科が有名な病院だから、それ以外の重度の疾病患者は他の病院に紹介状書いたりしてると思う。何? 医療とか看護師に興味があるの?」
食材をしまい終わった母親が、手を洗いながら朱里に尋ねる。
高校二年の十一月。
もう卒業後の進路が絞られていてもおかしくない時期。
一学期の三者面談の時には未定だった朱里だが、もしかしたら興味のあるものができたのかと思ったのだ。
「進路とは全く関係ないから安心して」
「逆にお母さんは心配よ。もう高校二年もあと数か月で終わっちゃうのに、未だにどうするのか決めてないんだから」
「はいはい、そのうち決めるから~。……あっ」
母親が嘆息を零した、その時。
朱里のスマホにプッシュ通知が届く。
LIMEのトーク画面に紫生から『今何してる?』という可愛い子犬のスタンプが送られて来た。
朱里はすぐさまメッセージを返信する『母親とちょっと話をしてた』と。
「彼氏~?」
「は? 違うよ、彼氏じゃないよっ」
「スマホ画面眺めて、ニマニマしてるのに~?」
「ニマニマなんて、してないから!」
「あら、そ~」
母親から離れようと、リビングのソファへと移動した朱里に、紫生からメッセージが届く。
『休んでた時のノートをコピーさせて貰いたいんだけど、いい?』
『いいよ~! 駅前のコンビニ?』
朱里が返信をして数分が経過。
結構即レスタイプの朱里にとっては、この数分がとても長く感じる。
ソファの上に膝を抱えるように座った娘が、指を噛みながら、今か今かとメールの返信を待っている姿を見て、母親は頬を緩ませる。
『コンビニだと、また誰かに見られて佐倉さんに迷惑かけちゃうかも』
『左にパス!』
(※『左に受け流す』と言っているつもり。訳:スルーするという意味)
再び即レスして数分。
朱里はスマホを掲げ、宇宙と交信するかのようにスマホを空中に彷徨わせる。
電波が届いていないのかと、あらゆることを考え始めた。
『今から少し出て来られる? 俺、愛寿園にいるんだけど』
『行く!! 今から用意して出るから、ちょっと待ってて』
朱里は勢いよく立ち上がり、自室へと向かいながらキッチンにいる母親へと叫ぶ。
「お母さんっ、ちょっと友達と会って来る!!」
二階の自室に駆け上がった朱里はもこもこのコートを羽織り、ノート数冊をトートバッグに入れ、お財布とスマホも入れて部屋を飛び出した。
キッチンにいる母親は『彼氏になるのも時間の問題ね~』と呟きながら、夕飯の用意に取り掛かる。
すっかり陽が暮れて、薄暗い住宅街を胸を躍らせながら駅へと向かう。
北風がぴゅーっと吹きつけてくるが、そんなものもお構いなし。
朱里は二カ月ぶりに送られて来た紫生のメッセージが嬉しくて堪らなかった。
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