8-4.殴る蹴るは好きにしていいが
日が沈み、辺りは薄暗い闇に包まれる。森の中では、その暗さがさらに濃くなる。
「待て、ギル。明かりは灯すな」
呪文を唱えかけたギル様を、フィリア様が制した。
「だめだ。ナナ様が暗がりで躓かれたら危険だ」
「ハーフエルフはヒトより夜目が利く」
「ギル、フィリア様のおっしゃるとおりです。ワタシなら平気。それより、ギルは明かりがないと動けないんですか?」
「いえ、わたしも暗闇での活動に支障はありません」
売り言葉に買い言葉ではなく、元冒険者のギル様は暗視のスキルを持っているのだろう。
グラットの案内で生息地を探索する。
ワタシも緑鱗トカゲの生態を思い浮かべながら、怪しそうな場所を重点的に探すが、なかなか見つからない。
煙飛びバッタはやたらと多い。
森の中をしばらくウロウロしていると、フィリア様が「これはトカゲのようだが?」と言い、小さなトカゲをつまみ上げた。
首のあたりをつかまれた緑色のトカゲが、じたばたと暴れている。
「フィリア様、それは確かに緑鱗トカゲですが、まだ子どもです。残念ながら、子どもの腎臓は未成熟で薬にはなりません」
「そうなのですか。このサイズで子どもとは……意外と想像していたより大きいですね。つまり、この個体の親を探せばよいのですね?」
「はい。成体は子豚くらいの大きさになります」
「子豚サイズのトカゲですか!」
説明に、フィリア様もギル様も目を見張る。
「魔法はあまり使いたくないが……」
そう言ってフィリア様は目を閉じ、小さな声でひとこと、ふたこと呟く。
魔力の流れが動き、全身がほんのり銀色に輝いた。
「いた! あっちだ! 逃げられると面倒だ、急げ!」
そう言うや、フィリア様は剣を抜き、薮の中へ飛び込んだ。ワタシたちもそれに続く。
隊列はフィリア様、ギル様、ワタシ、グラットの順で、先頭の二人は剣で邪魔な枝や草を薙ぎ払いながら進む。
やがて薮が途切れ、広場のような場所に出た。
きゅいきゅいと複数のトカゲの鳴き声が響き、さらに人の話し声も混じる。
広場のあちこちには罠らしきものが仕掛けられ、甘い香りが漂っていた。
この香り……緑鱗トカゲのフェロモンに似ている。
「あれだ!」
広場に踏み出そうとしたところで、フィリア様が制し、指さす。そこには三人の大男がいた。見覚えのある姿に、ワタシの耳がぴくんと跳ねる。
どうして、ここにアイツらが……。
「モッブゥの兄貴! 今回も大漁っすね!」
「さすが、モッブゥの兄貴! トカゲ捕まえるのも上手っす!」
「そうだろう、そうだろう。ザッコー、カスウ、そいつらをさっさと袋に詰めて街に戻るぞ」
「「へい!」」
「これ、ただのトカゲのくせに、すげーいい値で売れるから驚きやした」
「だな。なんでも『いい夢』が見られる『クスリ』の原料になるらしいぜ。帝都で大流行だそうだ」
「すげーな。さすがアークトックの親分は、目の付け所がちがいますねぇ」
な、なんですって!
こいつら、地上げだけじゃなく、緑鱗トカゲを罠で根こそぎ捕まえて、幻覚剤の材料として売りさばいていたのか!
幻覚剤の精製については、薬師ギルドが原則禁止としており、どうしても必要な場合に限り、厳しい制限と管理のもと、ギルド内部でのみ行われている。
三人組の会話からすると、これは完全に違法行為だ。
薬師ギルドに知られたが最後、薬師は精製資格を剥奪され、ギルドから追放される羽目になる。
それを承知のうえで行っているのか。あるいは、ギルドに所属していない薬師、もしくは薬学知識を持つ者が精製しているのか。
緑鱗トカゲが姿を消した原因は人災。
天敵がいなくなったことで煙飛びバッタが異常発生し、焦斑熱が広がったのだ。
薬師として許せない――そう思った瞬間。
「聖女様の大事な緑鱗トカゲになにをするぅ――っ!」
雄たけびをあげ、ギル様が広場に躍り出る。
「えええええっ!」
「おい! ギル! 待て!」
「ギル様!」
止める間もなかった。
……それは獲物を見つけた猟犬のよう……いや、猟犬は『マテ』ができる。
フィリア様は「ナナ様に出会ってから、沸点がずいぶん低くなったな」と苦笑し、グラットは「なにやってんだ……」と呻きながら、その場にしゃがみ込む。
「な、な、なんだぁっ!」
「あ! おまえは、あの薬屋の守護騎士じゃねえか!」
「なんでアイツが……ぐはっ!」
モッブゥの顔面にギル様の拳がめり込み、ザッコーの首筋に回し蹴り。カスウは腹にパンチを喰らい、軽々と吹き飛んだ。
ギル様! ご乱心!
「ギル! そいつらは下っ端だ! 殴る蹴るは好きにしていいが、決して殺すなよ!」
いや、フィリア様! 煽ってどうするんですか! 止めてください!
フィリア様から『お許し』をもらったギル様は、猛犬モードのまま軽く頷き、チンピラ三人組をバッキバキのボッコボコにした……。
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