5-3.ワタシは帝都には行きません

 ギル様を呼びに行こうとしたら、ギル様のほうから銀髪の壮絶イケメンを連れてイケメンが集う帳場にやってきた。


 間近で見ると、銀髪の青年の美しさに震えが走る。

 イケメン免疫のないシャリーは、今にも気を失いそうだ。

 これ以上は問題を起こしたくないので、気絶するならせめて立ったままでお願いしたい。

 

「養父上……」

「ギルバード、それからアルフィリア様」

「ああ。クルサス殿、そのままで。今日は非番なので。堅苦しい挨拶は不要だ。楽にしてくれてかまわない」


 壮絶イケメンが片手をあげて、礼をとろうとした守護騎士たちをやんわりと制した。それだけで部屋の空気がピンと張り詰める。


 やっぱり、この壮絶イケメンのアルフィリア様はとても身分が高いヒトだった。


 年上の筆頭守護騎士クルサス様が礼をとろうとしたのだから、ワタシには想像もつかないくらいのとんでもなく偉いヒトなのだろう。

 そのとっても偉いヒトは、ギル様に顎でいいように使われ、フィリアと愛称で呼ばれている。

 ニンゲンの力関係というのは難しい。


「帝都に戻る前に、店主殿にご挨拶をと思いまして」

「あ、その件ですが……」


 ワタシは必死に考えていた「お断り」のセリフを思い出す。

 ただ「嫌だ、嫌だ」と駄々っ子のように言うのではなく、ちゃんとワタシの気持ち、やりたいことを守護騎士様たちに説明して、説得しなければ!

 これはワタシの問題。

 逃げてはいけない。


「ワタシは帝都には行きません」

「店主殿は、この先もこの街でお過ごしになるのですね」

「はい。帝都には六人もの聖女様がいらっしゃると聞いています。ですが、この街には、薬師はワタシひとりしかいないのです」

「そのとおりではありますが……」

「ワタシは……薬師として成長したいのです」

「薬師として知識を深めたいのでしたら、帝都の上級学院で薬学を学ばれたらいかがでしょうか? わたくしどもの推薦があれば編入可能です。この辺境地では、学びには限界があるかと」


 ギル様がワタシとクルサス様の間に割って入ろうと、一歩を踏みだしかけたその瞬間。

 アルフィリア様が、そっとギル様の肩に手を置き、静かに首を横に振った。

 ギル様の動きが止まる。


「それは魅力的な話ですね」


 帝国でもっとも格式高い学舎として知られるのが、帝都にある『帝立フォルティア上級学院』だ。

 その評判は、ここ辺境の地にまで届いている。

 難病や奇病の研究を行う教授や生徒たち、整った設備、膨大な蔵書を誇る学院図書館――どれを取っても超一流。帝国一。

 薬師として成功を目指すなら、一度は憧れる場所。


 そこを目指すのも、一つの道だろう。


 でも、ワタシが理想とする薬師は違う。

 貧しいヒトや遠くに住むヒト――儲けとか関係なく、届かない場所に手を差し伸べていた父様や師匠の姿が、今も目に浮かぶ。


「この『雪雫の薬鋪』にも、先代や先々代が残した研究資料やレシピがたくさんあります。まだ、全部には目を通せていません」


 なにしろ、先代も先々代も、エルフほどではないにせよ長命なハーフエルフだった。

 代々この薬鋪に受け継がれてきた研究資料。

 その知を守り、継いで、深めて、そしていつか次の誰かへ託す……。


 それが、ワタシに託された使命なのだ。


 ワタシには、それができる。

 そう信じて、師匠は『雪雫の薬鋪』を託してくれたのだ。

 師匠の信頼に応えたい。

 なにより、ワタシ自身がそうしたい。


「医術師や治癒師の力が及ばない『辺境』と呼ばれる場所、そこで生活するヒトたちをワタシの薬で支えたい。支えることができる薬師になりたいのです」


 病気や怪我を診て治す『医術師』。

 癒しの力で傷を癒す『治癒師』。


 医術師は治療の際に薬を使う。

 一方、治癒師は癒しの力で人の回復力を高めることはできても、病気そのものを治すことはできない。

 だから病気のときは薬で治療し、消耗した体力を治癒魔法で補うのが一般的だ。


 薬師は、医術師にも治癒師にもなれない。

 しかし、医術師にも治癒師にも『薬師が調合する薬』が必要なのだ。


 ハーフエルフのワタシを受け入れて、ここまで育ててくれたこの辺境地。

 父様や師匠のように、この地で必要とされる薬師になりたいのだ。


「だから帝都には行けません」

「わかりました」

「え……?」


 あっさりとした返事に、思わず言葉を失う。

 もっとこう……反論とか説得とかがあると思って色々と考えてきたのに。


「店主殿、ご心配にはおよびません。その件についてはギルバードより、詳しすぎるほど長文の書簡を受け取っております。帝都ではなく、この店に留まること、委細承知いたしました」

「あ……え、そうなんですか?」

「はい。こちらでの根回しも完了しました。帝都側の対応もお任せください。店主殿が薬師として過ごされる道を、微力ながら全力で支援いたします」


 クルサス様は懐に手を添え、恭しく頭を下げた。


「ということは……ワタシは店を離れなくてもよいのですか?」

「はい。店主殿の望むままに。神殿の者たちにも事情を説明し、納得させました。神殿内に移動用の魔法陣を設置する準備が進んでおります。設置が完了すれば、帝都との行き来も容易になるでしょう。物流にも変化があるかと」

「そ、そうですか……」


 こんな辺境の田舎街に移動用の魔法陣を設置するなんて……なんという贅沢。

 神殿の力……やっぱりすごい。


「ということで、わたくしたちはこのまま帝都に戻ります」


 ということは、ギル様も帝都に戻るのか。

 お昼ごはんはワタシがひとりで食べるのか。

 この先の生活も……またひとり。

 いや、今までの日常に戻るだけ。


 胸がチクリと痛む。

 でもこれは、我慢しなくちゃいけない痛みだ。


「ギルバードひとりではご不便もあるかと思いますが、店主殿の守護騎士たちが集うまでの間、どうかご辛抱ください。ギルバードは非常に優秀で、銀鈴蘭の筆頭守護騎士となるべく努力を重ねてきました。必ず店主殿のお力になります」

「はい?」

「たまに暴走することがあるかもしれませんが、その際は高圧的に叱っていただければ大丈夫です。そのようにちょうきょ……躾けてありますので、ご安心ください」

「????」


 にこやかな笑みを浮かべるクルサス様。

 ちょっと! 今、調教とか言いそうになってませんでしたか?

 どういう躾けをしたら、こんな守護騎士に育っちゃうんですか!


「あの……ギルは、あ、ギルバード様はもしかして、ここに?」

「ありがたくも店主殿より屋根裏部屋を下賜されたと伺っております。愚息のために、そこまでご配慮いただき、感謝の念に堪えません」

「…………」


 あれ?

 ギル様、ここに残るの? 屋根裏部屋に住むの?

 これって、決定事項なの?

 クルサス様は帝都に戻って、ギル様だけがこの街に……?

 筆頭守護騎士が、こんな辺境の街に?

 なんか……ギル様が可哀想。

 

 こういうときこそ、立会人の出番では?


 シャリーに助けを求めようと彼女の方へ視線を向けるが……。

 だめだ。彼女は完全に妄想の世界へ旅立っていて、魂がどこかへ飛んでいっている。


 ワタシたちの会話は、まったく耳に届いていないようだった。

 立会人って言ってたけど、シャリーはただ『立っているだけの人』になっていた。

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