ただいま♪福岡! だけど凍えるオチってきいてないわよ!

 搭乗した飛行機の機内は、バカンスを楽しんだ乗客たちで賑わっていた。

 とうとう、この『ちちぷい島』ともお別れか……


 体験したこと、楽しかったことが、脳内を駆け巡る。

 そして──また一つ、感情を取り戻すことができた。


「つまり、にぃにが今回取り戻した感情って……『嫉妬』ってことよね?」


「らしい……まだ実感は薄いのだが……」


 あおいが、明るく声をかけてくれた。まるでお祝いするかのように。


「要するに、わたくしたちが他の殿方と仲良くしていたことに、妬いてくださったのですの♪」

「また一歩、年頃の男の子に近づいたってことね♪」


 椿つばまほろも、葵と同じように嬉しそうに言葉を重ねてくる。


「嫉妬されるって、そんなに重要なことなのか?」


 僕は少し戸惑いながら問い返す。

 嫉妬には、相手を陥れようとするような、マイナスの印象がある。

 、まだうまく理解できない。


「行きすぎれば、確かに良くない方向に出ることもあるけど……でもね? ラーヴィ」


 後ろの席からつぐが立ち上がり、僕の頭上に顔を覗かせる。

 優しく微笑みながら、言葉を紡いだ。


「アタシが別の男と付き合ったとして──アンタがアタシを大事に思ってなきゃ、嫉妬なんて起きない感情なのよ? ソユ事☆」


「つまり……嫉妬って、大切にされてるかどうかのになるってことか?」


「簡単に言えば、そう♪ いつも大事にしてくれてるけど、恋愛の場面でって実感できるのは──この感情しかないもんね♡」


 そういうものなのか……


 それなら、僕は──


「……いつもありがとう。僕のことを、大事に思ってくれて……」


 気づけば、口をついて出ていた。

 彼女たちが嫉妬するのは──

 つまり、僕を愛してくれている証なんだと、ようやく分かった。


 すると──なぜだろう。

 胸の奥がじんわりと熱くなって、気づけば……涙が、こぼれていた。


「に、にぃに? どしたと……?」

「ラーヴィ様……?」

「え? 泣くポイント、そこなの? え?」


 驚く3人の声が、少しだけ慌てて響く。

 僕はそっと涙をぬぐいながら、言葉を紡いだ。


「……やっと、分かった気がする。みんなが……本気で、僕のことを愛してくれてたんだって。ありがとう……愛してくれて……」


 その瞬間──


『まもなく、当機はちちぷい島を離陸いたします。シートベルトを着用の上……』


 機内アナウンスが、僕の声に重なるように響き渡った。

 僕の言葉は、誰の耳にも届かなかったかもしれない。


 けれど──ふと、隣を見ると。

 みんなが、満面の笑みを浮かべていた。


 言葉じゃなくても、気持ちは届いていたのだ。

 このバカンスで、僕は感情の一部を取り戻しただけじゃない。

 彼女たちの本気の愛を、ちゃんと受け止めることができた。


 今更なのかもしれないが……


 こうして、僕たちはちちぷい島を発ち──

 元の福岡国へと、静かに帰国を果たした。


▽ ▲ ▽ ▲


 異次元ゲートを通過し、福岡の空へと戻ってきた──はずだった。

 けれど、窓の外に広がっていたのは──


 雪国だった!?


「はぁぁ!? な、なにこれっ!?」


 アタシは思わず声を荒げた。

 他の5人も、目を丸くして言葉を失っている。


 何が起きたの!?

 だって、出発前は真夏の酷暑だったはずでしょ!?

 まさか! 時空がズレた? そんなこと……本当にあるの!?


 訳も分からぬまま、福岡国の空港に着陸。

 タラップを降りると──


 そこには、まぎれもなく一面の白銀世界。

 極寒の真冬の景色が、目の前に広がっていた。


 吐く息は白く、空気は刺すように冷たい。

 夏服のままの私たちは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


 そして──アタシたちを降ろした飛行機は、何事もなかったかのように再び空へ舞い上がり、異次元ゲートへと消えていった……


 しんしんと降り積もる雪……んで、夏服のアタシ達は!


「「「「「寒いぃぃぃ〜〜〜っ!」」」」」


 な、なにが起きてるの!?

 まさか……アタシたちが不在の間に、何か事件でも!?


 震えながら混乱していると──

 一台の大型ワゴン車が、雪煙を巻き上げながらこちらへ近づいてきた。


 運転席に目を凝らすと──そこには!


「お〜い! 迎えに来たぞぉ! とにかく寒いじゃろうから、早く乗るんじゃぁ!」


 防寒着をガチガチに着込んだルミィアが、満面の笑みで手を振っていた!


「み、みんな! 凍えちゃう前に、あれに乗るのよぉぉぉ!」


 すでに体温は限界寸前! 指先の感覚も怪しくなってきてるぅぅ!


 アタシたちは、這う這うの体でワゴン車へと駆け込み、まるで命の綱にすがるように、暖かい車内へと避難した──!


* * * *


「災難じゃったなぁ……おかえり、みんな」


 ワゴン車を魔王城へ走らせながら、ルミィアが振り返って優しく声をかけてくれた。


 外よりはずっとマシだけど、夏服のアタシたちは震えながら、用意された毛布を分け合って暖を取っていた。


「い、一体何が……? まさか、時空がズレて真冬の福岡に戻ったってこと?」


 ラーヴィが混乱気味に問いかけると──

 ルミィアはどこかバツの悪そうな顔で、ぽつりと事情を語り始めた。


「それがのぉ……今日はまぎれもなく、8月7日、木曜日じゃ。  昨日、儂が作った『マナたくわえ〜るん☆』の試作機を、アウディに見せたんじゃが──」


「ん? パパに見せたの?」


 ルミィアが言う“アウディ”とは、福岡国を治める現魔王──つまり、アタシのパパのこと。

 試作機の報告と現物の提示、それ自体は当然の流れ……なんだけど。


「するとヤツがの? 『私のマナも溜められるかな?』などとぬかしおってな。あの馬鹿じみたマナを試作機に込めたら、そりゃ壊れるに決まっとる! じゃから最初は断ったんじゃよ……じゃが!」


 じゃが!? え!? 何よ!?

 パパ、まさか……また何か、やらかした!?


「大気中のマナも蓄えられるって、言ったじゃろ? 月美……。それがな……装置が、アウディの体から溢れ出すマナを検知して──あまりの量に、暴走してしもうたんじゃ……結果!」


 マナコンデンサーとして流用していた魔晶クリスタルが、一気に膨張しての……

 極寒のマナに変質して、国中を包み込む大寒波になってしもうてな……


 真夏の精霊たちは慌てて逃げ出し、冬の精霊どもが──喜び勇んで、大暴れを始めたんじゃよ……


 ……HAHAHA♪ いやぁ……ほんに……

 なんでじゃろうな……あれほど注意したのに……あ奴のマナ、存在してるだけで……大切な試作機がパァじゃ……

 ……あはは……はぁ……ふぅ……



 渇いた彼女の説明が、アタシ達の頭に、空しく響いた……あはは……


「ともあれ、マナたくわえ~るん☆ は、暫く使えん……まぁ、極寒じゃが、酷暑よりはしのげるからよしとしよう」


 んまぁね? 暑いって逃げ場がないから仕方ないけどサ!


「これがこの真夏のエピソードのオチってなんなのよぉぉぉ!」


 アタシの叫びが、空しく車内に響いた。


「まぁ、皆無事やし♪ いいやん? お姉ちゃん♪」

「そうですわね、寒かったら皆で集まって抱き合えば♡」

「おしくらまんじゅうって奴よね? 帰ったらとりあえず、部屋で暖を取ろうか♪」

「私もお邪魔しますね♪ まだ夏休み……続いていますし♡」


 前向きなみんな……すると、ラーヴィが……


「そうだな。帰ったら皆で暖め合おう……か」


 ん? なんか嬉しそうに☆ 言ってくれるじゃな~い♪

 でも、絞まらないわねぇ~……まぁ、いっか♪


 オチはともあれ……最高のバカンスだったわ♪

 この夏の思い出は……ずっと、アタシとみんなの心に残るでしょうし♪


 ほんと、アタシやみんなを……

 避暑地に連れてってくれて♪ ありがと♪

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