最終日

舞踏会後の最終日、8月7日

 ふふ♪ みんな楽しそうに踊ってるわねぇ?


 それに……みんなのわだかまりも、解きほぐされている気がするわ♪


 よきかな~♪


 アタシとトームは一通り踊り終え、本会場の観客席に揃って腰を下ろした。

 舞踏会は数通りのプログラムを終えて、いま休憩タイムに突入──


「素敵な光景ねぇ♪ オペラグラスを持ってきて正解だったわ♪」


「……準備がいいな」


「んー、まぁね♪ 踊り始めたらすぐバテるつもりだったから、あとは観客モードに切り替えるのは想定内よ♪」


 そう。アタシは運動が苦手。ゆったりしたワルツなら踊れるけど……


「ウィンナ・ワルツにジルバ、タンゴの連続は無理無理。アタシの体力、すぐマイナスに突入よ? ふふん♪」


「……自慢げに言うなよ、それ!」


「達観すれば言えるの! 異論は受け付けないわよ? ふふ♪」


 トームはアタシの謎の達観ぶりに、苦笑いを浮かべた。


 そして、ふとトームの表情が寂しげに陰る。


「……明日になったら、もう……月美たちとは二度と会えなくなるんだよな……」


 ん? ……まぁ、確かに。


 この『ちちぷい島』は異次元空間を通過した先にある、ちちぷい世界の一角。

 ここでの出会いは、まさに一期一会。次に再会することは、きっと叶わない。


 情が深まれば、相手の世界に移り住むこともできるかもしれないけど……

 でもそれは、自分の世界で果たすべき使命を手放すということ。


 魔王討伐を控えるトームたちは、彼らの世界を救うために戻らなきゃいけない。

 アタシたちも、福岡ふくおか国ときゅうしゅうを守る責任がある。


 ……だから、仲良くなりすぎるのは、きっと良くない。

 別れが、余計に苦しくなるから。


 ……トームたち、感情移入しすぎてたりしないよね?

 一夜の思い出として、ちゃんと心にしまってくれるよね?


 そんなアタシの心の揺れを察したのか、トームは急に両手で自分の頬を――


 パシーン!


 と、挟むように叩いた。


「……ってぇ、やべぇ……感情移入しすぎてた。悪い」


 どうやら、自分の迷いを振り払うように、成すべき使命を思い出して、自らにげきを飛ばしたらしい。


「ちゃんと自制できてるわね? さすが勇者様♪」


 流されず、踏みとどまる。しっかりしてるじゃない、トーム。偉いぞ♪


 彼はキリッと表情を引き締め、アタシを真正面から見つめながら、静かに言葉を紡ぐ。


「今宵のひとときを、必ず力に変える。俺たちの世界を……そして、その先の未来を、幸せにするために……」


 涙がわずかに滲むも、彼はジャケットの袖でそっとぬぐい――


「短い間だったが、俺の……この月美への初恋は、死ぬまで大事に心にしまっておく。いつか妻を迎えて、子どもができたら伝えたいんだ。『恋をするって、すごく大切なことなんだ』って。今、俺は……猛烈に、最高の青春を味わってる。ありがとう。月美に恋できて……本当に、よかった……」


 最後は涙を零しながら……ゴメンね、本気で恋……させちゃったか。


「んもぉ~……勝手につっかかってきて、勝手に恋して……ホント、どうしようもないんだから。でもね……アンタのまっすぐなその気持ちも、仲間たちの芯の強さも……アタシ、好きよ♪ ね? 皆も、そうでしょ?」


 休憩時間のあいだに、アタシとトームが座っていた席へ、仲間たちが次々と集まってきた。


 邪神絡みのトラブルだったけど、このバカンスでの出来事や出会い……

 ただ楽しいだけじゃない、ただ感動するだけじゃない。


 トームたちの存在が、このひとときを、深く、鮮やかに彩ってくれたのよね。


 まるで、絶妙なスパイスみたいに。


 皆、ほんとにいい顔してる。

 最高の舞踏会になったわね……でも、まだ終わりじゃない!


「まっだ! 最終日の夜はこれからよ~ん♪ ごはん食べたら、踊り明かしましょ☆」


「「「「いいね~♪」」」」


 そう、今夜が最後になる。

 だからこそ──話して、踊って、笑って、食べて……

 思い残すことなんて、ひとつも残さずに。

 しっかりと心に刻んで、帰ろう。


 その後も、私たちは舞踏会を心ゆくまで満喫して、そして、彼らと別れを告げ、福岡国のフロアへと戻っていった。


 別れ際の彼らの表情は、どこか吹っ切れていて、まぶしいほどに輝いていた。


 うん……もう、大丈夫そうね。ふふ♪


 あなたたちとの出会いは、アタシも──ううん、椿つばも、あおいも、ミントも、幻刃まほも……

 きっと、ずっと忘れない。


 この夜は、私たちの青春の一ページ。

 光と涙が混ざり合う、最高の一夜だった──


* * * *


 アタシたちはみんなでお風呂を済ませたあと、それぞれの部屋に戻って、帰り支度を始めていた。

 衣類はラーヴィがまとめて手入れして、ブティックカバーに整えてくれるらしいから、アタシはその他の着替えや、持ち込んだアメニティをせっせと整理していた。


「はぁ~♡ ほんっと、楽しかったわぁ~」


 うん……本当に、楽しかったわねぇ♪

 温泉に、海水浴。水族館に、海底神殿へのスキューバダイビング。

 海の生き物のこともたくさん知れたし、キャンプも満喫できた。


 花火大会は、もう……夢みたいに綺麗だったし。

 そして、さっきの舞踏会──あのエモさは、深くアタシの記憶に刻まれたわ。


 お料理も、最高だったわぁ~♡ はぁ……しあわせ……


 明日は帰国して、お城のみんなにお土産を配って…… 明後日からは九州を巡りながら、各国の王様たちにお届けしなきゃね♪


 やること、いっぱいだわ☆


 ……そう、やるべきことは待っている。

 それは使命であり、楽しみでもあるはずなのに──


 どうしてだろう……ぽっかりと、心に穴が空いたような気がする。


 楽しすぎたから? それとも、出会いが深すぎたから?


 ……いかんいかん、ちょっとセンチになっちゃってるわね……


 みんなは満足したみたいで、それぞれの端末に「おやすみ」のメッセージが届いていた。

 踊り尽くしたし……ふふ♪ みんな、ぐっすり眠ってるのね。


 アタシは……ん~? まだ眠れそうにないわねぇ……


 日付は変わって、8月7日・金曜日。時刻は0時27分。

 荷物の整理はとっくに終わってるし……さて、どうしようかしら?


 せっかくだし、夜風に当たってこようかな……


 アタシはそっと部屋を抜け出し、バルコニーへと足を運ぶ。

 扉を開けると、ひんやりとした風が頬を撫でて、月の光が静かに降り注いでくる。


 ──まるで、夢の終わりを告げる鐘のように。

 でも、まだ少しだけ……この夜に、浸っていたいのよね。

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