タンゴでハッスル♪案外お似合いな2人?

 茶髪に眼鏡、切れ長の瞳――うん。

 たぶん、イケメンさんなんでしょうね。

 でも、私にはラーヴィがいるから。トキメキはゼロよ♪


「……あのな? 人の顔見て、なんか失礼なこと考えてないか?」


「え? 心外です。ただ、って思っただけですよ?」


 それを聞いた彼は、少し顔を赤らめながら――


「ホントかよ……まぁ、いいや。そいじゃ、お相手、よろしく頼むぜ……まほろさん」


 彼は綺麗な所作で会釈をし、私の右手を左手で取り、右手を私の背中へと添えた。

 エスコートの動きは、なかなか様になっている。


「こちらこそ、よろしくお願いします。バルサさん」


 私はにっこり微笑み、彼に身をゆだねる……ところで。


「そういえば、私、タンゴは知らないの。ちゃんとリードしてくれますか?」


 そう。神楽ならともかく、タンゴなんて初耳。まったく分からないわ。


 すると彼は、ニヤリと笑って――


「それなら、俺に任せとけ。タンゴってのは、そういうもんだからな」


 ふむふむ、それでは、お任せしましょう♪  どう私をリードするのか――お手並み、拝見です♪


 そろそろ音楽がかかるのでしょうか? 曲目は……ジェラシー?


 場が一瞬、しんと静まり返る。

 その直後――


 ヴァイオリンが切なく高鳴り、ピアノが鋭く空気を裂いた。

 疾走する旋律せんりつが、会場の空気を一気に張り詰めさせる。


 彼の表情がスゥっと変わった。

 先ほどまでの照れ笑いは消え、瞳には静かな嫉妬と誇りが宿っていた。


 左手で私の右手を持ち上げ、進行方向へ真っすぐ伸ばす。

 その所作は、まるでゆんで弓を押し出す瞬間の緊張。

 腰に添えられた右手は、弦を引く妻手めてのよう――


 彼の動きは、一射を放つ前の静寂をなぞるようだった。


 ――そう感じた刹那!


 ビュン! と私の右手側へステップを3回。

 ヴァイオリンの旋律に合わせて鋭く踏み込み、4拍目――ピアノの一打とともに、ピタリと静止。


 余韻も束の間、左右を入れ替え、反対側へ3回。

 そして、またピタリと止まる。


 そのたびに、私の薄紫の和装ドレスが波打つように舞い、袖の揺れが光を受けて、淡くきらめきながら会場に花びらのような輝きを振りまいていく。


 観客席からは、息を呑むような沈黙――そして、「ほぅ……♡」と、感嘆のため息が漏れた。


 ほぉ……緩急がはっきりしているのですね、このダンス。


 4拍子の中に、クイックとスロー

 ――緩やかさと鋭さが交互に織り込まれている。


 最初の動作は、弓手側へ3拍――ズン、ズン、ズン♪

 4拍目で、ピタリと静止。まるで、矢を放つ直前の緊張。


 なるほど……わかってきました。

 次は反対側へ――1、2、3……ピタリ♪


 斜め上に彼の顔を見上げると、ニヤリと笑っている。そして――


「スピン、右に3回回ってみな♪」


 何とも楽しそうに、私に指示をする。フフ……いいでしょう、では。


 1! 2!! 3♪ ストップ!


 彼の言葉通り、右に3回スピンしたあと、ピタリと止まり、姿勢を正す。


 その瞬間、私のドレスのスカートがふわりと広がり、薄紫の花が咲いたように、辺りを華やかに彩った。


 ――あぁ、これはただの舞ではない。

 彼に身を預ける安心感と、音楽に身を委ねる心地よさが、私の中に広がっていく。


 タンゴのリズムが、私の呼吸と重なり始めている。


 気づけば、私はもう――踊っていた。


「ほら、今度はこっちだ♪」


 彼がニヤリと笑い、右手で私の手を取り、腰にそっと手を添える。


 次の瞬間――


 彼の腕が私の身体を軽々と抱え上げた。

 そのまま、空気を裂くように――スピンを1回転――そして、もう一度。

 2回転目は、音楽の旋律に合わせて、さらに深く沈み込むように。


 ヴァイオリンが高音で舞い上がり、ピアノが鋭くリズムを刻む。

 その音に乗って、私の振袖とスカートがふわりと広がり、まるで夜空に咲く花のように、光を受けて淡く揺れた。


 彼の腕の中で、私は空を舞っていた。

 そして、スローの動作で、彼はゆっくりと私を下ろす。

 足元が床に触れた瞬間、ドレスの裾が波紋のように広がり、会場に静かな余韻を残した。


 そして、ドヤ顔!


 ――むむ。これ、絶対に弓勝負で負けた嫉妬を、ダンスで晴らしてますね?


 こちとら素人ですのに! 子供ですか? この人!


 でも……悔しいですけれど、すごく楽しい。

 あらあら? 彼も、なにやら――


「とても楽しそうですね♪」


 輝いていますねぇ♪ ドヤ顔から伝わります。

 あの時、滅多刺しに矢を打ち込んだ時は、可愛く怯えてましたのにね?


「まぁな……だが、アンタが言うと、なんか背筋がゾワってすんぞ……」


「あら? 私の邪気を感じましたか♪ ふふ♪ ごめんなさいね」


「うあ……確信犯かよ……やっぱ怖えよ……けどよ?」


 素直に怖がられました。まぁ、仕方ありません。

 私の本性を感じ取れるのは、数少ない人たちだけですけれど……


「……何故か、悪い気がしねえ」


 あらあら? ふふ♪


「そう言われますと、こちらも悪い気はしませんねぇ♪」


 私は微笑みながら、彼に答えた。


 私たちは再び、タンゴのリズムに乗って踊り始めた。

 ステップも呼吸も、もう自然に馴染んでいる――そんな頃。


「なぁ……どうすれば、アンタみたいに強くなれる?」


 ふいに、彼がぽつりと呟いた。

 その声には、冗談めいた調子の奥に、ほんの少しだけ迷いが滲んでいた。


 踊りにも慣れてきたので、私は彼の問いに静かに答えた。


「申し訳ないのですけれど、お答えはできませんねぇ。もとより、私は全盲なんです。今は、とある手段によって、視覚を得ていますけれどね」


 それを聞いた彼は、目を見開いて――


「マジかよ!」


 驚きがあからさまに表情に出ていた。

 そして、少し言葉を詰まらせながら、続ける。


「たはぁ~……ってことは、見えてなくても、射貫けるのか?」


「ええ。気配を探れば、たいていは問題ありませんよ♪」


 私は微笑みながら、彼の手を握り直す。

 ダンスで優位に立ったつもりかもしれませんけれど――


 弓の腕前は、譲れませんからね?


 彼は苦笑しながら、ほんの少しだけ目を伏せた。

 その仕草が、どこか悔しそうで、でも――どこか、嬉しそうだった。


 すると、踊りながらも――


「なるほど……なら、この方法が?」


 彼は、向上のための思慮に入り始めているようだった。

 その瞳に、迷いではなく、探求の光が宿り始めている。


 それがあれば、時間がかかったとしても――

 彼は、きっと強くなり続けるでしょうね。


「私は生まれつき、破邪はじゃ顕正けんせいの任務のために、弓と昼夜を共にしてきましたから♪  生半可ではないことは、先にお伝えしておきますねぇ♪」


 それ以上は、彼に伝える術を、私は持たない。

 強さとは、言葉ではなく、歩みの中で掴むものだから。


 すると、彼は吹っ切れたように、ニヤリと口角を上げて――


「伸びしろが見つかった! やっぱり『心眼』を極めるしかねぇな。ありがとう、幻刃さん」


 その声には、迷いがなかった。

 再びタンゴの鋭いステップに切り替わり、彼はイキイキと私をリードし始める。


 ――まるで、心の霧が晴れたように。

 彼の動きは、さっきまでとは違っていた。

 音楽に乗るだけでなく、私の気配を感じ取りながら、踊っている。


「最近は参謀に徹していて、なかなか戦闘で貢献できなかったんだ。でも、俺もトームたち勇者パーティーの一員だ。魔王に一矢報いるなんて甘い。ばん報いるくらいじゃねぇとな! やってやるぜ!」


 ――最高の笑顔ね。これなら、惚れる女性も現れるんじゃないかしら?


「とても素敵な笑顔ね♪ 私は堕ちませんけれど、元の世界でも頑張ってね♪」


「一言余計なんだよぉ! アンタは!」


 お互いに苦笑い――でも、その直後には、心からの笑顔を交わし合った。


 弓手としての伸び悩み。

 その葛藤は、私にもよくわかる。だからこそ、彼が見つけた希望は、嬉しい。


「大宰府から祈りますね。バルサ――貴方のご活躍と、ご生還を」


 私が名を呼び、祈りの言葉を捧げると、彼はうっすら涙を浮かべながらも――


「ありがとう、幻刃!」


 その声は、まっすぐに響いた。

 そして、再び見せた笑顔は――さっきよりも、ずっと晴れやかだった。

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