空から見下ろす花火

 つぐお姉ちゃんから伝えられた場所は――


「綺麗なお堂だな……月美? ミント? 椿つばまほろ?」


 辺りには人影も気配もなく、静寂が広がっていた。

 小高い丘に佇むお堂は、どこか神聖な空気を纏っていて……


 でも、ここって……みんなで花火を満喫するのはずじゃなかったっけ?


「遅れてるのか? 一先ず、みんなが来るまで待とうか、あおい

 にぃには少し戸惑った表情を浮かべていたけれど、ウチはただ頷くしかなかった。


 そのとき――


『20時ぃ! 皆様、大変お待たせして申し訳ない! 主催者の学園長だ! これより、盛大に花火大会を開催する!』


 お堂の下から、歓声が風に乗って、ここまで届いてきた。


 ……ちょっと待って? まだ、ウチとにぃに以外、誰もおらんっちゃけど……はわわ。


 ここに来るまで、あまり気にしてなかったけど……


 はしの崖を登り、ロープを伝って悪路を進み――

 まるで塔のようにそびえる小高い場所に辿り着いたんやけど……


「……よく考えると、普通の人はここまで来ないか……」


 当たり前のように来てしまったけど、冷静に考えれば、ここに来るのはかなりの冒険やったんかも。


「とりあえず、他の4人は大丈夫だろう? ……ん? 端末が?」


 そのとき、にぃにとウチの端末に、それぞれ月美お姉ちゃんから通話連絡が届いた。


 にぃにはそれに応答し、ウチは周囲の様子を改めて見渡した。


 ――ちちぷい島を一望できるこの場所。

 お堂の周囲は、直径30メートルほどの円形で、周囲に木々が静かに生い茂っている。

 南国特有の草花が風に揺れているけど、地上の華やかな飾り付けとはまるで違う、

 飾り気のない、自然そのままの美しさが広がっていた。


 眼下には、提灯の灯りと屋台の光が、まるで星々のように瞬いている。

 その光景は、まるで宇宙からこの島を見下ろしているかのような――

 静かで、壮大で、そして、どこか切ないほどに美しい。


 夜の帳に包まれた島全体が、イルミネーションの海となって輝き、

 ウチは思わず、息を呑んでしまった。


 ――この場所に、にぃにと二人きりでいることが、奇跡みたいに思えてくる……けど!


「……綺麗やなぁ……」


 うっとり、ため息交じりにこぼれたその言葉は、風に乗って、そっと夜空へ溶けていった。


 すると、背後からにぃにが――


「そうか、分かった。それじゃ、無事に楽しんでくれ」


 通話を切った後、こちらを振り返りながら、あちらと話していた内容を教えてくれた。


「どうやら、合流する場所を示すマップにピンを刺す位置を間違えたらしい。正しくは、向かいの丘の神社だったみたいだ。……どうする?」


 にぃにが示した先に、少し低めの穏やかな丘が見えた。

 そこには、まばらに人の姿が見えた……穴場はあっちなんやね!


「えっ!? じゃあ、ウチたち、別の場所に来ちゃったってこと?」


 あやや……ありがちかも。そんなら、あっちの丘に行かなきゃ……


 ……よく見ると、この場所、『アスレチックコーナー』って看板が近くにあった。あのお堂はモニュメント?


 そりゃ、誰も来ないわけやね。悪路じゃなくて、アクティビティ用の場所だったんや……。


 しょんないなぁ。マナを使って飛翔すれば、あっちにはすぐ行けるし……ん?


 でも……これって……?


 ――ここには、ウチと、にぃにだけ。


 この静かな場所に、二人きりでいることに、ようやく気づいた。


 誰にも邪魔されない、誰にも見られない。

 この景色も、この時間も、全部、ウチたちだけのもの。


 にぃにの横顔が、会場から届く光に照らされて、少しだけ柔らかく見えた。


 その瞬間、胸の奥が、ふわっと温かくなる。


 ……ウチ、今だけは、にぃにを独り占めしてもいいんやろか?


 そんな気持ちが、そっと心に芽生えていた。


□ ■ □ ■


 は〜い、幻刃です。

 ただいま、ちょっとした茶番にお付き合い中……のはずだったんですけれど。


「月美ちゃん? それ、露骨すぎません?」


 流石に気づきますよ♪

 彼と葵が二人きりになるように、あれこれ仕掛けていたのは♪ 優しいなぁ♪


 その気持ち、もう、駄々洩れですよ? ふふっ♪


 でも――


「……いやぁ、ちょっと? 幻刃まほ? ごめんけど……さ?」


 ……ん?


「お、お姉様? もしかして……ガチの手違いですの?」


 彼女の妹の椿つばが驚きの声を上げる。


 どうやら、彼らが二人きりになったのは、狙ったわけじゃなかったみたい。


「私、ナイスフォロー♪ って思ってたけど……」


 ミントもびっくり。エルフの姉妹に至っては――


「「月美様の配慮じゃなく、誤爆! 可愛い♡」」


 それじゃ、茶番じゃなかったってこと?


 自然な流れで、彼と葵が二人きりになっちゃったのね……。


 ……なんだか、ってやつ? ふふっ♪


 こちらの穴場には、知る人ぞ知る場所として、そこそこ人が集まっていた。

 けれど、私たちが調達した食料の量に、周囲から若干引かれている気配が……。


「それにしても、焼きそば20人前に、お好み焼き、串焼き、ポップコーン、稲荷ずし……数日は籠れそうな量ね?」


 月美ちゃんが、呆れ顔で目の前の屋台ご飯の量を呟く。


「そりゃぁ♪ また買い出しなんてイヤだもの♪ ふふっ♪」


 私は開き直って、さっそく稲荷ずしをひとつ口に運ぶ。


「んっぶぅ~♡ おいひ♪ あ、そろそろ打ち上がりますよ~☆」


 赤酢の香りがふわっと広がる。濃厚で、旨みがぎゅっと詰まった逸品……これは当たりだわね♪


「……想定してないけど、これはこれでいいのかしら?」


 切なそうに呟く月美ちゃん。

 皆揃って、楽しみたかったみたいね……でも!


「「葵のターンでしょ♪」」


 その、ミントと椿咲の言葉に、月美ちゃんも――ハッ! と気づく。


 ふふ♪ 本当に、可愛いなぁ♪ 腹黒い私と、違ってて……

 今でも、すぐに、彼が欲しいと思っている私……はぁ♡


 でも、もう決まったの。


 今夜は、彼と葵の時間――


 誰も邪魔しない。誰も割り込まない。


 この夏の夜が、二人にとって、忘れられない思い出になりますように。


 ――ちゃぁんと、葵を……お願いしますよ? 旦那様♡


 葵を悲しませたら……赦しません♪


□ ■ □ ■


 き~~~~~~~~~ん……


 どぉ~~~~~~~~ん☆ パラパラパラ!!


 夜空に、まるで神話の幕開けのような大輪の花が咲いた。

 虹色に輝く光の花々が、空をキャンバスにして、次々と命を宿していく。


 紅、蒼、金、紫――


 色とりどりの光が、幾重にも重なり、まるで空そのものが花畑になったかのよう。

 ウチとにぃには、お堂傍の芝生に腰を下ろし、ただただその光景に見惚れていた。


 火薬の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、耳には空を裂く音の余韻が響く。

 流星のように走る光が、空を横切ったかと思えば――

 そこから垂れるように、滝のような花火が舞い降りる。


 光の滝は、まるで天界から地上へ降り注ぐ祝福のよう。


 その輝きは、眼下の提灯や屋台の灯りと溶け合い、幻想の世界を創り出していた。


 ウチは、自然とにぃにの体に身を寄せていた。

 彼の胸の鼓動が、後頭部越しに伝わってくる。少し早い……きっと、感動してるんやろうね。ふふ♪


 ただ、光と音と、心の震えだけが、彼と二人きりで……今を満たしていた。


 でもね? にぃに……ウチは……


「ねぇ……にぃに……ウチに触れてほしい……今夜だけは、我慢……できん」


 心の奥底から湧き上がる、わがままを、伝えていた……


 すると、静かに……にぃにはウチの体を包み込むように抱きしめてくれる。


 ああ……胸の奥から、ううん……


 全身から零れ落ちる……幸せそのものに包まれる……蕩ける♡


「……色々、触れて……ウチの……欲しいところに……」


 花火を眺めながら、愛する人に愛撫を求める……はしたないかな……でも


 でも、欲しい。恥じらいよりも求めてしまう……


 すると、ひょいっと、にぃにはウチを正面に向き抱えて……あ♡


 キスをしてくれた♡ あ……あああ♡


 とても丁寧に……深くて甘いキス……

 そして、にぃにの……が、逞しく漲るのを感じる。


 一度、唇が離れると、にぃには――


「……す、すまない……突然で……ただ、愛おしくなってしまって……」


 赤面しながら……でも、ウチはもう、脳と体が蕩けてしまってたから……


「……愛してる……にぃに♡」


 もう、お互いスイッチはとっくに入ってたんかも……


 花火に包まれながら……それでもウチは貪欲に、にぃにをひたすら求める……


 夏の情熱が、そのまま体に移りこんだように……何度も何度も何度も……


 花火の残響、二人だけの空間……甘ぁい一時。


 嗚呼……好き、ラーヴィ……にぃ……に♡

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