夏の花が咲く前に

 万を持して、花火大会の会場――ビーチに到着したウチたちは……


「「なんじゃこりゃぁぁぁ!」」


 ふうちゃんとりんちゃんが、驚きの声を上げちょった。

 ざっと見渡すと、ビーチの休憩所スペースを除いて、所せましと屋台がずらりと並んじょる!


 パネェってばぁぁぁ!


 まるで繁華街やん? だって、お昼の間に準備してたとはいえ……


 


 しかも、きちんとカテゴリ分けされちょって、肉、魚、麺、野菜、スイーツ、娯楽……

 区域ごとに配置されちょるみたいやけん、目的の品を探す手間が省けるようになっちょるんよね。


 それでいて、各ゾーンの合間合間に、バランスよく他のブースも設けられちょる。

 どこに行っても、漏れのない屋台めぐりができるとか! 神配置やん♪


「くんくん……♡ ぅ~ん、幸せの香りが充満してます♡」


「あはは♪ 幻刃まほったら、もうご飯スイッチ入ってしまいましたわね♪」


「暴食モードで周りを困らせたら、だめよ?」


 前を歩く、幻刃まほ、椿咲、ミントとも、盛り上がってる☆

 だって、これはテンション上がるしかないっちゃ♪


 会場には無数の提灯が、風に揺れながら、美しく淡く煌めいてる♪

 朱や藍、金糸の模様が浮かび上がるように、夜の帳に優しく灯りを落として、会場全体を包み込んじょった……これだけでうっとり♡


 ちちぷい島の夜は、まるで夢の中みたいに幻想的で――

 周囲の光景もやけど、空には、星々が瞬き、雲間から覗く月が、まるで花火の始まりを待ちわびているように、静かに微笑んじょる。


 遠くの海辺では、波がきらりと光を返し、屋台の暖簾が風に踊る。

 浴衣の色とりどりの人々が、笑い声を交わしながら、夏の一瞬を楽しんじょった。


 全方位からの感動体験……ありがたいにとどめなきゃ、ついて行けないや。


 さて♪ ウチは今、にぃにと、月美お姉ちゃんの3人そろって歩いていた。


 他の5人は、屋台の食べ物を調達しに。

 ウチたちは、花火を見るスペースを確保するため、別行動をとっちょります♪


「20時に花火が上がるみたいだから、まだ場所取りは間に合うな……どの辺にしようか?」


 にぃにが――ワクワクしながらウチらに話しかけてくれた。


にぃに♡ めっちゃエンジョイしちょるやん☆」


「めずらしいわねぇ♪ アンタにしては♪」


 あのレストラン出てから、吹っ切れたんかな?

 楽しむのに、遠慮しなくなったみたいやね♪


 マナからも……伝わってくる。……


 ――今を大切にしたい……その、想いが。


 それに気づいた時……ウチはすっごく、嬉しくなって――

 胸の辺りが、キュンキュンして♡ 止まない。


「そうかもな。今は……心から皆と、今の時間を大事にしたい。良いかな?」


 すこし照れながら、お姉ちゃんに言葉を返す。

 お姉ちゃんは、にんまり♪ 満面の笑顔で、にぃにを抱きしめる。


 あわわ、ず、ずるいぃぃ!


「……最近になって……アンタ、ホント、益々イイ男になってきてるよね♡」


「そ、そうなのか? 自覚もなにもないんだが……」


 それはワカリミ。

 にぃに……今までは感情や痛み、苦しみを、皆に隠すことに徹底していた。


 すごく強くて、頼りになって……どんな状況でも冷静に立ち回る――

 どんな脅威にも、真正面から立ち向かう。


 誰もが皆、その強さと精神力に驚かされる。

 弱みなんて、一切ないと思わせるほどに……


 ――だけれども。

 今までは、誰も気づけなかっただけ。


 にぃには……自分の負の感情を、決して表に出そうとしない。

 周りに、気づかせないように。そう、徹底的にしていただけで……


 んだって……


 そして、それを明かしてくれるのは……


「んっふ♡ にぃに? ウチたちはちゃ~んと♡ わかっちょるきね♪」


 そう、他の誰でもなくて、ウチたち5人だけが独占して共有している情報だ♪


* * * *


「この辺りがよさそうだな。ここにしようか」


 提案された場所は、腰を下ろすのにちょうどいい高さの段があり、花火大会の会場を一望できる場所だった。


「そうね♪ それじゃ、5人に位置情報を送るわね……っと♪」


 お姉ちゃんは、にぃにの手をそっと離して、端末を操作する。


 ウチは、彼と並んで段に腰を掛け、しばらく会場の方を眺めていた。


 ……潮風が、ああ~♪ 心地いい♡


『場内の皆様、本日はちちぷい島プレゼンツ、特別超豪華花火大会への参列、まことにありがとうございま~~~~~~~~~す! アナウンスしながら、私もすごく楽しみなんですよ! 納涼イェァ!』


「あはは♪ アナウンスのお姉さん! テンション高!」


 思わず突っ込んじゃった♪ 納涼イェアってなんなん♪


「葵? どうした?」


 にぃには優しく声をかけてくれた。ウチは苦笑いしながら――


「だって、こんなアナウンス聞いた事ないもん♪ 皆ワクワクしてるのが伝わる♪」


「そうだな。僕も正直……ワクワクしてるんだ」


 照れながら、にぃには心境を言ってくれた。

 その、照れた仕草が……ウチの情愛を刺激する。


 少し切なそうな瞳。上気した頬。

 人差し指の背で鼻をなでる仕草……

 少しはだけた浴衣……逞しい肉体……


 い、いかん! 刺激的過ぎて……もぅ、にぃにが欲しい♡


 このままじゃやばい! 欲しくなったら……奪いたくなる!


 でも、ウチは、立派なレディになるって決めたんだ。

 にぃにに相応しい、強くて優しいレディに。


 やきだから! 今じゃない!


 ウチは、両手で自分の頬をパシン!と叩いた。

 潮風に混じって、ほのかな痛みが頬に残る。けれど、それが心に火を灯す。


「葵! どうした!?」


 にぃにの声が、驚きと心配を含んで届く。

 ウチは、頬のひりひりを隠すように、にっこり笑った。


 ――もう、大丈夫。少し落ち着いた。

この夜空の下で、ウチは笑顔で、にぃにの隣に立つって。


「ん~♡ にぃにが欲しくなりすぎてたから……ちょっちブレーキをね♪」


 にぃにの瞳を、ウチは見つめる。  にぃには、真剣な表情でウチを見つめ返してくれる。


「にぃに、いつもありがとう。にぃにのおかげでね、ウチは……こうして皆と一緒に居られるんやき……」


 微笑み、できちょるかな……?

 にぃには……ウチの表情を見て、安堵したような顔をしてくれた。


「……葵の、その素直でまっすぐな存在が、僕にはかけがえが無いよ……」


 フッと笑う、にぃにの顔が……好き。愛してる……

 すると、にぃには、ウチの肩をそっと寄せて、くっつけてくれた。


 ドキドキと、体の芯が……キュンっとしている。


「……ウチだけじゃなくてやろ? ふふ♪ でも、ウチも同じ。皆がかけがえのない……愛している人たちばかりやもん」


 お姉ちゃんに椿咲。ミントにまほ……

 番として認められた皆。大好き♪


「そうなのか?……フフ。ありがとう、葵」


 彼の存在、考え方を愛してる。

 尊重したい、間違ってたら一緒に考えたい。

 向き合いたい、同じ方向を向いて歩きたい……


「それの、繰り返しなんかな……ふふ♪」


 にぃにと2人そろって笑い合う。なんだろ、すごく幸せな空間……


 のハズが! いつの間にか! 花火観客で周囲には人がいっぱい!


 わわわわ、これじゃ、ゆっくり花火見れるんやろか?

 それに、これだと、皆と合流も難しい!


 すると、端末から、連絡が入ってきた。


 ありゃ? お姉ちゃんからだ……そういえば……つい、にぃにと話こんじゃったから、いつの間にか離れてたみたいやね。


 ウチは端末を操作して、通話に出る。


「お姉ちゃん? どうしたと~?」


『葵、ラーヴィ♪ 穴場スポット教えてもらったんよ☆ やき、そっちに向かってもらえるかしら? 場所はマップにピンを刺しておくから♪』


 穴場! あわわ、それは是非とも向かいたい♪


 この場所でも楽しめるかもやけど、周囲が混雑していて、ゆっくりできなさそう。


 穴場があるなら♪ そこで楽しもう♪


「わかった~♪ すぐ行くね☆ まっちょってね♪」


 そう伝えて、ウチは通話を切ると、マップを確認する。


「高台の神社? ほう……あそこか?」


 丁度、花火大会会場を見下ろす、小高い場所みたいやった。


 ウチとにぃには、顔を合わせて、指定された場所に向けて、移動を始めた。

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