幼馴染は遠慮し合うも互いに結びつく

 皆が戻った後、川に浸かっていると、入り口からラーヴィがやって来た。


「待たせたな、ミント」


 半袖シャツに短パン、サンダル姿のラーヴィが、川岸に現れる。


 月明かりに照らされた彼は……もう、どうしようもなく愛おしく見えた。


 ぅ♡ い、今すぐ! 抱きしめたくなるけど……ダメ! 我慢!


 ムードもへったくれもないでしょ、私!


 それに、偶然見つけた、あの場所に……彼と一緒に行きたいんだから。


「大丈夫よ♡ ええと……来てくれて、本当にありがとう」


 わぁ~、どうしよう。胸の鼓動が、どんどん速くなってる……!


 ウサギ化しないか心配……ぅぅ♡ 落ち着いて、私っ!


「……すごく綺麗な光景だな」


「え?」


 綺麗な光景……そうね。

 昼間は、清涼感あふれる場所だったけれど……

 今は、月明かりに照らされて、まるで別世界。


 水面の上では、季節外れのホタルがふわり、ふわりと舞い踊り、淡い光の粒が空気に溶けていく。

 その光が川面に映り込み、ゆらゆらと揺れて、まるで星屑が流れているみたい。


 川のせせらぎは、静かに耳をくすぐるようで、遠くから響く滝の音と重なり、自然が奏でる優しい音楽になっていた。

 夜風は肌を撫でるように流れ、虫たちの羽音がリズムを添えて、まるで森全体が息づいているよう。


 空を見上げれば、月の光に負けないほどの星々が、無数に瞬いている。

 その輝きが、私と彼をそっと包み込んでくれる……


 まるで、世界がふたりだけのために静かに息をひそめているみたい。


「綺麗よね……」


 私がうっとりしながら呟くと……


「ミントも、その光景の中にいて……すごく綺麗だよ」


「……あ、ありがとう……」


 不意にこぼれた言葉だったみたい。

 彼は、口にした数秒後、それに気づいたように照れ始めた。


 私は、そっと彼の元へ歩み寄る。


 照れた顔も、愛おしいなぁ……ああ。


 ずっとこのままでもいいけれど、そろそろ、あの場所へ彼を連れて行こう。


 私は彼の手を取る。……笑顔、ちゃんと作れてるかな? 変な顔してないよね?

 自分の表情がうまくコントロールできなくて、ちょっと不安。


「ラーヴィに見せたい場所、見つけたの♪ こっちに来て」


 ちちぷい島で偶然見つけた、私だけの秘密の場所。

 端末にも載っていないから、きっと……私しか知らない場所なんだと思う。


「わかった」


 彼はふっと微笑み、私の手をしっかりと握り返してくれた。


* * * *


 川岸沿いを上流に向かって、彼と並んで歩いていく。

 道は舗装されていて、難なく目的地へと進める。


 徐々に、轟音が近づいてきている。もう少しで着くわね♪


「その場所って、滝のこと?」


「んっふ♪ そうなんだけど、そこで偶然見つけたの♪」


 彼の問いに、私は笑顔で答える。

 緩やかなカーブを曲がり、視界が開けた瞬間――

 目の前に広がったのは荘厳な滝!


 その姿は、まるで大地の鼓動が形になったかのようだった。


 滝の落差は、およそ20メートル。

 半月状に広がる崖の縁から、水が溢れ出すように流れ落ちている。

 その水流は、まるで天空から降り注ぐ銀のヴェールのようで、岩肌を滑りながら、轟音とともに下へと吸い込まれていく。


 滝の背後には、秘湯館があった山並みがそびえ立ち、月明かりに照らされて、幻想的な輪郭を浮かび上がらせていた。

 山々は静かに見守るように佇み、滝の音とともに、ちちぷい島の大自然が息づいているのを感じる。


 お昼、あおいと見た時もすっごく驚いちゃったけど……

 夜見るのは別次元だわ! 雰囲気が全く違う。


 その景観の美しさに、ただただ圧倒される。

 人の手が一切加わっていない、純粋な自然の芸術――

 海中でもそうだったけれど、地上でも、こんな神秘的な世界が、存在するなんて……!


「……とんでもなくすごいな……」


 彼はとても興奮してるみたい♪ でも、私じゃなくて……この光景に、よね?

 景色に妬いちゃうなんて……私ったら、何やってるのかしら。


 私の方も、ちゃんと見て欲しいな。


 まぁ、私が連れてきておいて……なんだけど。ふふ♪


 ずっとこの景色を眺めていたいけれど、目的はもう少し奥の方。


「ねぇ、ラーヴィ♪ 実は……ん~、言うよりも、行きましょうか♪」


「え? まだほかにあるのかい?」


 私はにっこり笑って、彼の手を引きながら滝へと近づいていく。


・ ・ ・ ・


 滝の近くまで寄ると、間近で見る滝は――


 すごいわね♪


 ……圧倒的な迫力と、雄大な優しさも感じる。

 滝の水しぶきが肌に触れるたび、心まで洗われるよう。


 近づきながら、私は一度彼の手を放す。そして――


「ねぇ、濡れちゃうけど、着いてきてね♪」


 私は勢いよく滝の奥へと踏み出す。冷たい水しぶきが全身を包み込むけれど、大丈夫。


 一瞬、ラーヴィは目を見開いて立ち止まった。

 でも、すぐに笑って、私の後を追ってきてくれた――


 その笑顔が、なんだか嬉しかった。


・ ・ ・ ・


 水の壁を抜けた瞬間、世界が一変する――

 滝の裏には、誰の手も加えられていない天然の通路が広がっていた。


 天井には鍾乳石がびっしりと美しく並び、夜光性の成分でも含まれているのかしら?

 明かりの源はないはずなのに、ほんのりと緑色に発光していて、視界は意外と悪くない。


 通路の空気はひんやりとしているけれど、どこか神聖で、心地よささえ感じる。

 背後から聞こえる滝の轟音は不思議と耳に優しく、心を穏やかにしてくれる。


「ミント、突然どうしたんだ……なっ! 滝の裏に、こんな天然の通路が?」


「そ♪ すごいでしょ? こんな場所、きっと誰も知らないわ♪」


 興奮気味の彼。私も、この場所を見つけたときは、本当にびっくりしたの。

 だからこそ、彼にも絶対に見せたかった。


 びしょ濡れになりながらも、彼はまじまじと通路を眺めている。


「奥に座れる場所もあるのよ? そこで、少し休みましょうか♪」


「わかった」


 私の提案に頷きながら、ふたりで中央のくぼみに向かって歩き出す。


 通路は幅が約2メートルあり、滝との距離は1メートルほど。

 川面からも同じくらいの高さに位置していた。


 私たちは中央のくぼみに腰を下ろし、左右の壁面と天井を見上げながら、この空間をゆっくりと味わっていた。


 天井から無数に垂れ下がる鍾乳石は、淡い緑色の光を放ち、私たちの周囲をやさしく照らしている。

 奥には段々と広がるリムストーンがあり、透明な鉱水がその縁をなぞるように流れ、小さな川となって渓流へと注ぎ込んでいた。


 洞窟と呼ぶにはこぢんまりとしているけれど……

 この場所には、言葉では言い表せないほどの神秘が満ちている。


「素晴らしいな……滝の裏からの景色が……何というか、この島に来てから何度も『すばらしいな』って言ってる気がするよ」


「ふふ♪ そうね……ほんと、つい言葉にでちゃうわね♪」


 彼の横にそっと寄り添い、体温を感じる。

 楽しそうに景色を眺める彼の表情を見て、胸がときめく。


 キュン……キュンと、全身が熱くなっていく……ぅぅ。

 い、今なのかしら? でも、野外で……その……ぅぅ♡


 そんな私の様子に気づいたのかしら……彼は私の肩に手を添え、そっと抱きしめてくれた。


 ああ……ラーヴィ……いつもタイミングを逃してばかりの私だけれど、今だけは違う。

 正真正銘、ふたりきりの時間。


「……愛してる、ラーヴィ。ずっと、ずっと……子供の頃からよ? 私」


 そう……2歳のとき、彼のお嫁さんになるのが私の夢だった。


 まさか、一夫多妻になるなんて思ってもみなかったけれど……ほんとにね。


 彼は優しく抱きしめながら、静かに囁く。


「……誰も選べない僕で……すまない……」


 ……フフ♪ 言うと思った。それ、何万回聞いたかしら? もう慣れっこよ。


 私たちは、覚悟の上なの。

 それだけ、みんながあなたを愛してるってことなんだから。


 私は、次に出る彼の言葉をそっと遮るように、唇を重ねた。

 暫く……じっくり、彼の唇を感じながら、心が少しずつ蕩けてくるのを感じる。

 一度、唇を離して、私は少し笑って、伝えた。


「……アナタは子供の頃からずっと優しい人……今の事も、皆の事を思っての事でしょう? だから、私たちは大丈夫」


 ……たまに妬いちゃうけどね? フフ♪ 罪な男♡


 一度離れた唇を、今度は深く重ね合わせる。愛を込めて……

 全身が情熱に溶かされていくようで、ただ彼が欲しいと願ってしまう。


 ――彼が欲しい。


 気がつけば、いつものように私が彼を押し倒す体勢になっていた。


「はぁ……♡ ねぇ……お預けされた分、ちゃんと責任とってね♡」


 彼もまた、キスに酔いしれた甘い表情を浮かべる。その姿に、私の支配欲はますます高まっていく。


 彼の返事を待つことなく、私は彼を強く抱きしめた。

 幾度も、幾度も……深く結ばれ、お互いの愛を確かめ合う。


 滝のスクリーンに映る、月の光を浴びながら……

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