第8話 高揚

霞ヶ池中学校に到着すると、真っ先に目に飛び込んできたのは北野中の選手たちだった。青のウインドブレーカーを揃えていて、遠目からでも統一感があった。ずらりと並んだ姿は強そうに見える。対して常盤中は、学年ごとにバラバラのジャージ姿。その下には白いウインドブレーカーがあるはずなのに、誰も揃えて着ていないから余計にバラバラに見える。赤、黒、グレー、色も形も統一感がない。


(うちは……見た目からして弱そうだな)


「なぁ、あいつら全員おそろいじゃん。俺らバラバラでかっこ悪ぃな」吉岡拓真が苦笑混じりに言った。

「でもさ、ユニフォーム揃ってても、中身が強いとは限らないだろ」森下大河が落ち着いた声で返す。自然と周囲の一年生たちが彼に耳を傾けた。

「そりゃそうだけど……見た目だけでビビっちまうのも悔しいよな」蒼はつい口を挟んだ。


「まぁ蒼がスマッシュ決めりゃ、一発で空気変わるって」吉岡が茶化すと、周囲に笑いが広がる。

「俺はお前らの声に任せるさ」森下はにやりと笑い、皆の肩を軽く叩いた。空気が少しだけ柔らかくなる。緊張と劣等感が、仲間とのやり取りでわずかにほぐれていった。


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試合開始前。両校がコート脇に整列する。「礼!」の声が響き、全員で一礼した。


蒼の目に入ったのは、北野中の選手たちの顔ぶれ。確かに青で揃えてはいるが、その中身はバラバラだ。丸々と太った子もいれば、細身でガリガリの子もいる。ラケットを持つ手はたどたどしく、視線も落ち着かない。どこか“中学生から始めた初心者”という印象が濃かった。


(……自分たちも似たようなもんだよな)


自然と苦笑が漏れる。派手なユニフォームの下にある実力は、まだどちらも未知数だ。


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先に出場したのは葛城漣のペアだった。漣の動きはやたらと大きい。ラケットを振り回すたびに体全体がぶんぶん揺れ、フォームが整っていない。だが――時折、ラケットのフレームに当たったボールが魔法みたいな変化をして、相手コートで急に沈んだり、横に曲がったりした。思わぬ変化球に相手は振り遅れ、どよめきが起こる。


「なんだ今の……?」と仲間たちも首をかしげた。


(やりにくそうだな……でも、狙ってやってるわけじゃないだろ)


蒼は苦笑しつつも、その不可思議な一球に目を奪われた。


続いてコートに立ったのは大迫剛。丸刈り頭が汗に光り、筋肉質な腕でラケットを振り抜く。だが、力任せすぎてミスも目立つ。アウトやネットが続き、もどかしい展開になった。それでも時折、ボールが芯を食ったときは別人のようだった。凄まじい勢いで相手コートに突き刺さるストロークに、観客席から「おおっ」と声が漏れる。


(入ると強烈だな……でも安定しないか)


蒼は仲間を応援しながらも、心のどこかでつまらなさを感じていた。他人の試合を見て声を張り上げるよりも、早く自分がコートに立ちたかった。ラケットを握る手がうずうずして仕方がない。


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いよいよ蒼と陽翔の試合が始まった。相手のサーブからスタート。蒼は前衛に立ち、緊張で指先が冷たくなるのを感じていた。まだポーチに出るような動きはできない。だが、ネット際に浮いたボールが来れば反応できるはず。そう信じて立ち続けた。


数本ラリーが続く。相手の後衛は力任せにラケットを振り回しているが、足が合っていない。スイートスポットを外し、ボールは高く浮いた。蒼は一瞬ためらったが、次の瞬間、思い切り足を踏み出し、ラケットを振り下ろす。――パシィン!


白球が鋭い音を立てて相手コートに叩き込まれる。歓声が上がった。


(……入った!)


胸の鼓動が速まる。初めて自分の力で点を奪った感覚に、全身が熱くなった。


相手の返球は続かない。ガリガリの子はボールを追うだけで精一杯で、すぐにエラーを重ねた。陽翔は落ち着いていた。左右に振られても、正確に打点に入り込み、体の軸をぶらさずにボールを返す。その一球一球が安定していて、蒼の目にはとても頼もしく映った。


(こいつ、こういうところは本当に上手いんだよな……)


蒼は素直に感心した。相棒の存在が、自分をコートに縛りつける重石ではなく、支えてくれる力になっているのを感じた。


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試合は思った以上に早く進んだ。相手の凡ミスが続き、ポイントは常盤中に積み重なっていく。蒼もネット際で再び浮いたボールを叩き込み、思い切りのよさを発揮した。気がつけば――ゲームセットの声が響いていた。


「勝者、常盤中!」


あっけない幕切れだった。北野中が弱かったことは分かっている。だが、勝ちは勝ちだ。審判の声を耳にした瞬間、蒼の胸の奥が熱く燃えた。これまでの自分の人生にはなかった感覚だった。


小学校時代、野球では常に劣勢側。打たれ、負け続けるチームの一員だった。自分がバッターボックスに立っても、気づけば三振か凡打。チームメイトと顔を見合わせても、そこにあったのは諦めの笑みだけ。ベンチに座って空を見上げ、終わりの時間を待つしかなかった。勝ちを意識することすらできなかったあの頃の無力感。それがいま、真逆の手応えに変わって胸に広がっていた。


自分が点を取り、相手より優位に立つ。仲間と笑い合いながらベンチに戻れる。こんなにも心を震わせるものなのか――蒼は驚いていた。胸の奥が熱を帯び、まだ鼓動は速いままだった。


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チームとしても常盤中は北野中に勝利を収めた。ベンチに戻ると、仲間たちが声を掛け合い、笑顔がはじける。


「ナイスだ蒼!」「お前のスマッシュやばかったぞ!」


照れ臭さを押し隠しながら、蒼は「ありがとう」とだけ答えた。けれど心の中では、別の言葉が何度もリフレインしていた。


(この感覚、もっと味わいたい……)


高揚感が全身を駆け巡る。視界の端に見える夕焼けが、普段よりも鮮やかに見えた。蒼は心の底から次の試合を待ち望んでいた。

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