第2話 東の


佐藤さとう探偵事務所』


 地図の『☆』の場所はそこだった。

 雑居ビルの二階に上がり、俺は『佐藤探偵事務所』の扉を開いた。


「あのー、すみませーん……」


 呼びかけても反応は無かった。


「だ、誰か居ませんか……?」


 中は狭かった。

 広さはバスケットコート半分くらいだろうか。


 横長の黒いソファー二つに挟まれたガラスのテーブル。

 奥には大きなデスクが置いてある。


「誰~? 騒々しい~」


 突然、女子の声が聞こえてきて、俺はビクッとしてしまった。

 デスクの方からだ。


「えっと、親の紹介(っていうのかな?)で来たんですけど……」


 恐る恐る奥に歩み寄ると……。

 上下に緑のジャージを着た女子が、デスクに居た。


 ゲーミングチェアに座り、組んだ足をデスクの上に乗せている。


「はあ? 親の紹介?」


 気怠く言うと、緑ジャージの女子は「よっこいしょ」とデスクから足を下ろした。


「つーか誰キミ? おん?」


 女子はサイドテールを揺らしながら立ち上がり、威嚇するように俺を睨む。


 でも凛とした可愛らしさもあったし、同年代と思しき雰囲気のせいか、全然恐さは無かった。


「キミ……その制服……『第三中学』の学生?」


 女子は俺の全身を見ながら言った。


「あ、まあ……。もうすぐ『元』になるけど……」


「なにそれどういう意味~?」


「実は――」


 と切り出して、俺は簡潔に、女子にこれまでのことを話した。

 すると、


「あーキミが工藤くどうくんか」女子はゲーミングチェアに深く座った。「ウチで雇うことになった、例の」


「え? 例のって?」


「キミの両親から昨日『息子が受験落ちるからヨロピク』って伝言があって」


 マジか。

 就職の手打ちまでしてたんかアイツら。

 助かるわ~。


 ……じゃなくて。


 まだ分かんなかっただろ昨日の段階じゃ。

 いやまあ落ちたんだけどもさああああああああああああ!


「今日からここで『東の中卒探偵』として頑張ってね~」


 なにその色んな意味でギリギリチョップな二つ名。


「でも『西の中卒探偵』が厄介なんだよな~」


 え、この世界にも西の名探偵居るの?


「関西弁喋るらしいよ」


 それもう完全にアレだよね、帽子被ってバイク乗り回すアイツだよね。


「せやけど工藤くん、負けないように」


 せやけどって何? やっぱりそういうこと?


(ま、まあいい……)


 と、とりあえず、だ……。

 ここで働きながら勉強して、来年、また高校受験するか。


「あ、そういや住む場所まだ決まってねえ……。ガチで公園のジャングルジムに住むことになるかな……」


「住む場所ならココで良いよ、工藤くどうくん」


「ここに住んで良いのか?」


「うん、住み込みで良いよ。防犯的にも助かるし」


「マジで? ありがとう……ええと……そーいや名前は……?」


佐藤さとうマナカ。十四才」


 俺より一個下か。

 でもここだと上司ってことになるし、


「じゃあ、佐藤さとう……さん?」


「マーちゃんでも良いよ♪」


 佐藤さとうマナカはニコーッと笑う。


「……いや……佐藤さとうさんで……」


「ノリ悪ぅ~。まあ良いけどね。ヨロシク工藤くどうくん♪」


 こうして俺は、佐藤さとう探偵事務所にて、住み込みで働くことになった。

 佐藤さとうさんも優しそうな女子だし、やっていけそうだ。


 とか思ってたんだけど……。


 佐藤さとうマナカが、とんでもない本性を隠していることと……。

 この探偵事務所が地獄の入口だということを、その時は知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る