空き家、異世界へいく。

小阪ノリタカ

第0話 古びた一軒家

『古びた一軒家』


その一軒家は、山の斜面を背にした、古びた住宅地のはずれに建っていた。

最寄りの駅までは徒歩40分。かつてはこの近くには小さな商店街やバス停もあったが、今では店のシャッターは閉まり、近くを走っていたバス路線も数年前に『利用客の減少』で廃止された。


町は静かに、そして確実に、人の姿を減らしていた。


そしてこの『古びた一軒家』の空き家も例外ではなかった。

もともとは、ごく普通の木造二階建て。昭和の終わりごろに建てられたと思われるその一軒家には、かつて家族が住んでいた。

近所のに住んでいる人々とあいさつを交わし、夏には風鈴の音が鳴り、玄関には植木鉢が並んでいたという。


けれども、それも昔の話。


町の過疎化が急速に進み、子どもたちは都市部に出ていった。

最後まで残っていた住民も、数年前に別の地域へと移り住み、この家は空き家となった。

建物の老朽化で取り壊しを行う案も出たが、解体費用を誰が負担するかで折り合いがつかず、結局そのまま放置された。


郵便受けには色褪せたチラシが詰まり、庭に生えている雑草はひざくらいの高さまで伸びていた。

玄関の前には落ち葉が積もり、雨どいは外れ、夏の湿気が畳をふやかしていた。


それでも、家はそこに在りつづけた。

誰かに気にされるでもなく、誰に必要とされるでもなく。

まるで、この世界からすこしずつ忘れられていくのを、じっと耐えているかのように。


──そして、ある夜のことだった。


月も星も雲に隠れた暗い晩。

突然、家全体が微かに震えた。地震ではない。風も吹いていない。

ただ、空気がピンと張りつめたような、静かで奇妙な緊張が一帯を満たした。


次の瞬間、ふっと、その空き家が──消えた。


音もなく。光もなく。誰にも気づかれないまま。

家は、そのままの姿で、この世界から姿を消した。


翌朝、空き家が建っていたはずの土地には、四角く草の生えていない、ただの土地だけが残っていた。

誰もそれを不思議には思わなかった。

人々の記憶からも、その家の存在は、いつの間にか抜け落ちていたのだから。


ただ、その日から遠く離れたどこか、

この世界とは似ても似つかぬ、別の空の下で──


あの空き家は、何も知らないまま、ぽつんと建っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る