第三章

第24話:結成、ちゃんこ好き好き同好会(仮)

「絶対、こっちの依頼がいい!」


「いいや、おいどんは反対でごわす!」


 始まりの街アーネスト。

 その花形ともいえる施設、冒険者ギルドの一画で、人種の異なる2人の男女が激しい口論を繰り広げていた。


 1人は猫耳の獣人種リカント

 年齢としは十代半ばくらい。細身の体に学生服、そしてその上にローブを纏った魔法職メイジの風体の少女である。


 もう1人は大柄な真人種ヒュームであった。

 横にも縦にもやたらとでかい、オークのような体躯のその少年は甚兵衛という異国の衣装を纏っており、その頭にはマゲという独特の結び目が作られている。


 そして、もう1人。

 そんな2人をおろおろ見守る小柄な影が近くにある。

 10才ぐらいのエルフの少女だ。


 果たして信じがたいことに、この凸凹の3人組はパーティを組んでいるのである。

 結成は、ほんの昨日のことだ。

 事の経緯を知るためには時計の針を1日巻き戻さなければならない――



「えっ、それマジで言ってるでごわすか?」



 冒険者ギルドのサブロビー。

 通称リガルルミンの酒場にて、円卓の机に掛けている貴政はぽかんと口を開けていた。 


 席にはミュウとクゥがいる。

 ミュウは「そうよ」と何気なく言った。そして目の前にある白い液体が入ったジョッキを景気よくぐびっとあおってみせる。


「その方が何かと都合がいいわ。薬草採りにも使えるかもだし」


「し、しかし、それは危険ではないか? 冒険者って戦う仕事でごわそう?」


「確かにそれはそうだけど、それは今までの生活と同じでしょう? あたしからすれば、保護者もいない子を街に1人にする方がよほど危険に思えるけど?」


 貴政は、むぅ、と唸らされる。

 ミュウの主張はこうだった。

 彼女はクゥをパーティに入れ、共に冒険に連れ出すべきだというのである。


 確かにそれはそうかもしれない。

 宿屋にはおかみさんがいるが、毎回面倒を見てもらうわけにはいかないし、幼児退行している非力な少女を1人にするのは貴政としても本意ではなかった。


 ゆえに貴政は最終的にはミュウの提案に同意した。

 クゥを含めた3人でパーティを組むことにしたのである。


 ここまでは、まあ流れとしてはスムーズだったといえるだろう。

 だがパーティのリーダーを誰がすべきかという話になると、貴政は困惑させられた。なぜならミュウは、彼こそがこのパーティのリーダーを務めるべきだと言い出したからだ。


「お、おいどんがリーダーを?」


 貴政は自身を指差し、聞いた。

 なにしろ自分は異世界人だ。

 この世界のことを何も知らない者にそんな大役が務まるだろうか?


「なら他に誰がやるっていうのよ?」


「お前さんの方が適任でごわそう。この世界の常識に一番通じているのはお主でごわすし、おいどんよりも頭が切れる」


「それとこれとは話が別よ。いい、タカマサ? この界隈は舐められたら終わり。比喩とかじゃなくて本当にそうなの。あたしみたいな小娘がリーダーやってるパーティなんて、それこそ鼻で笑われるわ」


「おいどんはそうは思わぬが」


「あんたはね。でも偏見とか世間の目とか、そういうの馬鹿にならないのよ」


 ミュウは茶化さず、真面目な口調で貴政にそう訴えかけた。


 ――あんたは確かにうすのろよ。でも威厳だけはすごくある。

 ――それはある種の才能といえるし、活かさない手はないでしょう?


 要約すればそのようなことを彼女は彼に説明した。

 恐らく、それは実体験にもとづいた切実な話なのだろう。


「しかしだな、いいでごわすのか? おいどん説明したように、別の世界の生まれにごわして、この世界の常識には疎いのでごわす」


「その辺はあたしがサブリーダーとして全力でフォローしたげるわ」


「なるほど、それなら安心でごわす。やはり、お主は頼りになるなぁ」


 何気ない口調で貴政が言うと、ミュウはほんのりと頬を赤らめて、短く「……ばか」と呟いた。


「え、今なんか言ったでごわすか?」


「うっさいわねっ。そういう言葉は、ここぞって時にひれ伏しながら言いなさい」


 どうも貴政の発言は、彼女の「ツン」のスイッチを押してしまったようだった。

 やはり難しい娘だなぁと彼はぽりぽり頬を掻く。


 とはいえ、話は纏まった。

 貴政はクゥの登録も済ませ、自身をリーダーとした3人パーティをその日に結成したのである。



 ――ここまでは順調だったのだ。



 が、しかし、翌日2人はさっそく揉めてしまっていた。

 その原因となったのは、ギルドの壁に掛けられたコルクボードに貼られた紙、つまりは依頼に関するものだった。


「ゴブリンよ! ゴブリン一択!」


 ミュウは依頼の1つを指差し、拳をぎゅっと握りしめながら言った。


「パーティを組んだ冒険者の最初の依頼はゴブリンと相場が決まっているの! みんなそう! 全員そう! 古今東西そうなのよ! 初心者はまずはゴブリンからなの!」


 そう力説した猫耳少女は鞄から本を取り出した。

 それは魔物の図鑑らしい。

 彼女はそれをぱらぱらとめくり、該当ページを貴政に見せる。そこには緑色の肌をした小柄な亜人の挿絵が醜く描写されていた。


「ほら、見てよこれ、弱そうでしょ? 実際、こいつら雑魚なのよ。そのくせ人間の居住区の近くに定期的に湧くから、誰かが狩らなきゃいけないの」


「だが洞窟に住んでおるのでごわそう? さすがに、それは危険すぎる」


「あんたのガタイでそれ言うわけ? 殴っても、蹴っても、効かないくせに」


「いや、おいどんの話じゃない。おいどんはクゥが心配なのだ」


 そう言いながら貴政はクゥの華奢な肩に手をそっと置く。

 ミュウは何かを言おうとするが、しかしぽりぽりと頭を掻いた。


「わかったわよ。じゃあ、こういうのはどう? この子は、あたしが見といてあげる。なんならゴブリンの殲滅ぐらい、あんた1人でもできるでしょ? あたしらは外で待ってるから、あんた1人で行ってきたら?」


 クゥの安全は守ると言われ、貴政は少し考えた。

 確かにそれなら依頼を受けるのを躊躇する理由はない気もする。


 だが、しかし……

 貴政は図鑑を、むむむ、と見つめ、ややあってから首を振った。


「いや、駄目だ。却下でごわす」


「なんでよ!?」


「食えそうな部位が少なそうだ」


 瞬間、ミュウは跳び上がり、空中で華麗に1回転して貴政の脳天に踵落としを決めた。


「ま、マゲがァァァァァ!? おいどんのマゲがァァァァァァァァ!?」


「やかましいわ、こんのバカタレがぁ! 食える、食えないで依頼を決めんなぁ!」


「し、しかし、それはおいどんたちのパーティとしての沽券こけんに関わる!」


「はぁ? なんのことよ、沽券って?」


「パーティ名だ。おいどん、パーティリーダーとして、おいどんたちにふさわしい名前でパーティ登録したのでごわす」


「なんて名前?」


「ちゃんこ好き好き同好会」


「…………は?」


「ちゃんこ好き好き同好会でごわす。もう、その名前で登録したのだ。であれば、それにふさわしい依頼を優先していくべきでごわそう?」


 貴政はサムズアップして、自らの偉業を誇らしげに語った。

 ミュウはぷるぷると震えている。

 クゥはびくびくと怯えた顔で、彼の甚兵衛を引っ張った。


「た、タカマサ……に、にげて?」


「む? 逃げてとは?」


「こ、ころされ、ちゃうっ! おねえちゃん、にっ!」


 クゥが警告した刹那、





 ミュウは跳び上がり、空中で華麗に3回転して貴政の脳天に踵落としを決めた。






「ま、マゲがァァァァァ!? おいどんのマゲがァァァァァァァァ!?」







【作者コメント】

コンテストに応募したいので、しばらく朝と昼の2回に分けて投稿していきます。

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