第23話:おいどんの名は……

「お名前がメシヤ・タカマサ様で、ご職業は…………リキシ、ですか?」


 冒険者ギルドの受付にて、貴政の前に立つ受付嬢は困惑の声を上げる。


 横にも縦にもやたらとでかい、見上げるような体躯の男(厳密に言えば少年)にその女性は圧倒されていた。彼女は目線を横にやり他の受付嬢たちに助けを求めるが、皆あからさまに目を背け、自分の仕事に集中する。


 無理もない。

 妙な見た目と格好の男が、妙な言葉や語尾を使い、妙な職業を名乗ってくる。

 そんなケースへのマニュアルは共有されていないのだから……


「しょ、少々……お待ちください。今、確認してまいりますっ」


 そう言うと、受付嬢はまるで逃げ出すように裏の事務所へと引っ込んで行った。


 シャイなおなごなのでごわそうな、などと見当違いなこと思う貴政は、まあ急いでいるわけでもないし気長に待つことにしようと、その場で大きく伸びをした。


 と、ふいに、貴政が着る甚平の袖がくいくいと下へ引っ張られる。

 彼がそちらに視線を向けると、そこにはオリーブグリーンのマントを羽織った幼いエルフの少女の姿があった。


「ミュウおねえちゃん、くる、かなぁ?」


「大丈夫、必ず来る。今は待つ時でごわすよ、クゥ」


 碧い瞳を潤ませるクゥを貴政は大きな手でやさしく撫でた。

 ミュウを仲間に誘ったこと。

 そのあらましはこの少女にもあらかた話してあったのだ。



 ――おいどんたちには、お前のような賢い仲間が必要でごわす。



 昨日の夜、貴政からそう言われたミュウは、まるで驚いた子猫のように耳をピンと立て固まってしまった。


 そして、ややあってこう聞いてきた。

「……あんた、本気で言ってるの?」と。


 無論、貴政は本気であった。

 口下手な彼はシンプルに、その発言の真意を語った。


「えっとなミュウ、おいどんのマゲがビビッとこう、何かを受信したのでごわす」


「…………あ、うん、ごめん。ちょっと何言ってるかわかんない」


「うまく言葉にできないが、お主とちゃんこを囲んだ時から〝力士的直感リキシンパシー〟がはたらいたのだ。ようするに理屈などではない。ただただ、お主が気に入った」


 それは飾り気が少しもない、心の底からの言葉だった。

 だがミュウの顔は強張っていた。

 恐らく自分の境遇を話してしまったからだろう。


「……さっきの話、聞いたでしょ? あたし短縮詠唱が、いまだにまともにできないのよ」


「練習すればよいではないか。というか、たとえできずともお前にはすごい魔法がある」


「無傷で防いできたくせに……」


「あれはズルみたいなもんでごわす。もしも生身で食らっていれば、おいどんだってやばかった」


 だからなミュウ……と、貴政は続けた。


 ――あまり自分を卑下するな。

 ――必要以上にいじめるな。


 彼は彼なりの言葉を使って、少女の心にそう語りかけた。


 それがどのように受け取られたかはわからない。

 心に響いてくれたのか、上辺だけの言葉と思われたのか。

 それはミュウだけが知ることだ。


 言うべきことを言い終えた後、ややあって貴政はこう言った。


「明日の朝、おいどんはギルドへ行って、冒険者登録をするつもりでごわす。そこでお主を待っておる。来るもよし、来ないもよし。だが、おいどんはそこにいる」



 ――そう告げて、昨日ミュウと別れた。



 少々強引すぎただろうか?

 だが、あれ以外の言い方を貴政は思い付かなかった。


 なんていうことを思っていると、急に名前を呼ばれる。

 顔を上げると、受付のカウンターの向こうに眼鏡の女性が立っていた。


「お主は、確か……」


「リシェル・アーヴィングです。昨日ぶりですね、メシヤ様」


 女性は眼鏡をクイッと上げて、切れ長の目で彼を見る。

 彼女は昨日の会談の際、ギルドマスターの傍らに立っていた秘書らしき雰囲気の女性である。


「マニュアルにない職業ジョブの方が見えたということで、担当を代わらせていただきました」


「迷惑をかけてしまったでごわすな」


「いえ、構いません。仕事ですので」


 リシェルは淡々とした口調で、ニコリともせずにそう言った。

 ちょっと苦手なタイプでごわすなぁ……と、貴政は心中で独りごちる。


「リキシというのは僧侶職プリーストの別名という認識でよろしいでしょうか?」


「む? あ、ああ、うむ。そうでごわす」


「なぜ、そのように名乗られたのです」


「それは、その……うむ、あれだ。こちらでもそう呼ぶと思ったのでごわす。混乱させてすまなんだ」


 貴政はぺこりと頭を下げた。

 咄嗟の言い逃れにしては上出来だろう。

 しかしリシェルの目は冷たい。


「メシヤ様、あなたは昨日、我々に東方の国ヒーズルから来た修行僧だと身分を説明しましたね。ですが調査をしたところ、奇妙な点があったのです」


「ど、どの辺りが奇妙でごわすか?」


「そうですね、まずは髪型です。わたくしの読んだ文献によれば、かの国の僧は出家する際に髪の毛を全て刈り上げるとありました。あなたは、そうではないですが、何か理由があるのですか?」


「そ、それは、あの……しゅ、宗派でごわす」


「そういう髪型にする宗派もあると」


「そ、そうでごわす。まさしくな」


 貴政は何度も頷いた。

 力士は本来、神職だ。

 仏に仕える坊主とは別の宗派に属すというのは、ぎりぎり嘘ではないだろう。


「なるほど、それは失礼しました。しかし、あなたの着ていた服はどう説明するつもりです? あれは四腕熊バグベアの毛皮でした。私の読んだ文献によれば、かの国の僧はたとえ魔物であっても殺生行為はしないとありますが」


「そ、それも、あの、宗派でごわすよ。魔物は邪悪にごわすゆえ、討ち取る宗派もあるのでごわす」


「そうですか。それは失礼しました。それでは、最後に1つだけ質問してもよろしいですか?」


「う、うむ。なんなりと」


「あなたの国には〝オテラ〟という、この国でいう神殿に相当する建造物があるそうですね? 中でもとあるオテラには、その国における最大サイズの〝ブツゾー〟なる神体がまつられているそうです。そのオテラの名はなんですか? いくら宗派が違えども、高僧であれば名前ぐらい知っていて当然と思いますが?」


 貴政は「ぐぅ」と唸ってしまった。

 そういう知識の問いかけは、単なる誤魔化し程度ではカバーが困難だからである。


 だがしかし、ここで答えられなければ身分を偽ったことがバレてしまう。

 そうなれば、全て水の泡。

 推薦状を取り上げられ、ギルドマスターのはからいで得た住居からも追い出されることになるかもしれない。


「さあ、早く。答えをどうぞ」


「むぅ、それは、そのぉ……ええと、あのぉ――」





「アズマイム・テンプル」





 それはよく通る、高らかな声だった。

 貴政とクゥが振り向くと、そこには堂々と胸を張る猫耳少女の姿があった。


「正確な建立年はわかってないけど、聖暦700年ごろとされてるわ。ちなみに神体の名前はルシャナイム。そうよね、メシヤさま?」


「そ、そそそ、そうでごわすっ! おいどん、それを言いたかったっ!」


 まさしく渡りに船である。

 貴政がちらりとリシェルを見やると、彼女は再び眼鏡に手をやりミュウの顔をじっと見つめていた。


「どうして、あなたがここにいるのです?」


「さあね、あたしにもわかんない。血迷ったのかもしれないわ」


「まさか、この方とパーティを?」


「そのつもり。文句ある?」


 ミュウが毅然とした態度でそう言うと、リシェルは「はぁ」と息をつく。

 そうして小声でつぶやいた。


「そういう意地っぱりなとこ、本当……あの子にそっくりですね」


 彼女の顔には一瞬だけ、呆れと懐かしさが入り混じったような複雑な表情が浮かんでいた。

 けれども、すぐに元の顔付きに戻り、貴政の顔を冷たく見据える。


「まあ、いいでしょう。あなたの出自がどこであれ、重要なのは我々のギルドに貢献できるか否かです。自身の力に驕らずに、日々鍛錬に励むよう」


 そう言うと、リシェルは受付嬢に何かをぼそりと耳打ちし、受付の奥に引っ込んで行った。


 その後の手続きはスムーズだった。

 出された書類に適当にサインをし、登録料を手渡すと、貴政は晴れて冒険者の身となり、その証である銅製の「Fランク」タグを手に入れた。


 彼はそのタグを懐に入れ、改めてミュウに向き直る。


「おいどん、信じておったでごわす。お主は必ず来てくれるとな。しかも、いいタイミングで来てくれた」


「か、勘違いしないでよねっ。別に見ていたわけではないわ。本当に、たまたま、後ろにいたの。今ここに着いたばっかりよ」


「素直でないなぁ」


「うっさいわ! とにかく、これで昨日のことの貸し借りはナシよ! 文句ある!?」


「いいや、ない」


 貴政は静かに首を振ると、右手をミュウの前に出す。


「では対等になったところで、この手を取ってくれるでごわすか?」


「ん、そうね。あたしはどっちでもよかったけど、あんたがそこまで言うのなら……パーティを組んであげるわよ」


 少女はツンと顔を逸らし、ほんのりと頬を赤らめながら、貴政の大きな手を握った。


「よろしく頼むでごわすな、ミュウ」


「こ、こちらこそ、よろしく……メシヤ」


「あ、ちなみにそれ、苗字でごわす」


「え、そうだったの!?」


「うむ。おいどんの名は――」


 彼は改めて名を名乗る。






 かくして飯屋貴政は、異世界における2人目の仲間を手に入れたのだった。






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