第14話:魔物の昼餉
ミュウ・アルハンゲルは悪夢を見ていた。
それも現在進行形で。
どうしてこうなったどうしてこうなったどうしてこうなったどうしてこうなったどうしてこうなったどうしてこうなったどうしてこうなった………………
彼女の頭にあるものは極度の焦りと、後悔と、そして何よりも困惑だった。
自分の作戦は完璧だった。
「死兵の竜牙」を使用した、陽動からの高威力魔術使用戦術。
途中、人質となっているエルフの少女も避難させることに成功した。
そう、だから、今頃は……
消し炭になったオークの死体をギルドマスターに直接見せて、街を救った英雄として皆から称えられているはずだった。
それなのに。
なぜか今、自分はオークの巣の中にいて、乱雑に床に転がされている。
(っ、ありえないわっ!)
しかし、そこからが問題だった。果たして、どういう気まぐれか、オークは自分を殺さずに本拠地に運び込んだらしい。
一体、なんのためだろう?
まさか文字通り、本当に、自分を食べるためなのだろうか?
(逃げるのは……無理そうね)
そう思ったのは、例の化け物が洞窟の入り口付近に座っているのが見えたからだ。
戦おうにも杖がない。
否、もし仮にあったとしても、高威力魔法を食らってもダメージ1つ通らない、あんなデタラメな怪物にどんな有効打があるだろう?
そこでミュウは下手に暴れるよりも、このまま気絶したフリをしてこの場をやり過ごすべきと判断した。
彼女は薄目を開けながら、フードからぴょこんと突き出ている猫耳をピクピクと動かして情報を集めることにする。
「タカマサ、ちゃんこ!」
「ちゃんこにごわすなぁ」
「ねこなべ! ねこなべ!」
「いや、だからアレは冗談でごわすよ~」
どうやらオークキングとエルフの少女は、恐らく自作したのであろう大きな土鍋を2人で囲み、談笑しているようだった。
ちゃんことはなんのことだろう?
オークの言葉か何かだろうか?
なんていうことを考えていると、オークキングは網籠の中から野草やキノコ類を取り出し始めた。遠目からそれを見る限り、それはノルビ草やマイゼン草、シータ茸などの普通の食材に思われる。
オークは石のまな板の上で、同じく石のナイフを使い、それらを適当な大きさに切り分けていった。鍋はぐつぐつと煮えている。そいつはそこに具材を入れると、
「
とかいう謎の呪文ともに、さらさらと手から何かを出す。
(あれは……塩? でも、どうやって?)
ミュウはごくりと唾を飲む。
そんなものを出す魔法など今まで一度も見たことがなかったからだ。
だが驚きは終わらない。彼女はオークの行動に思わず声を上げそうになった。
(なっ、嘘でしょ!? 正気なの!?)
というのも、そいつは天井から吊るしてある熊の腕――恐らく魔物〝
まさか、まさかの魔物鍋!
なんて醜悪な食事だろう!
魔物は不味くて食べられない。
魔物の肉には
それは、この世界に生きる者ならば子供でも知っている常識だ。
にもかかわらずあのオークは、そんなことなど知らぬとばかりに、吐き気を催す塊を嬉々として煮込み始めたのだ。
ミュウは窒息を覚悟した。
きっと今にも臭気が漂い、この薄暗い洞窟は地獄と化すに違いない。
(…………………………………………あ、あれぇ?)
ところが、だ。
5分経っても、10分経っても、嫌な臭いはしなかった。
どころか、めちゃくちゃいい匂いがする。
それは芳醇なスープの香り。
まるで霜降り肉を彷彿とさせる芳醇な甘い油の匂いに、シータ茸特有の旨味の強い匂い。それらの織りなす芳香が、
きっと何かの間違いよ! とミュウは鍋から目を背けるが、しかし少女の胃袋は目や鼻以上に正直であり……
彼女の必死の努力も虚しく、突如、ぐぅぅぅぅ~~~、という音が洞窟の隅に木霊した。
「おお、なんだ。起きておったのか」
ミュウはオークからの問いかけを無視する。
彼女の
「狸寝入りなどやめておけ。お前の分もあるでごわすよ。あー、えっと……ピュウ?」
「ミュウよ!」
「む、そうか。とにかく、いっしょに飯を食おう」
オークは来い来いと手招きする。
ミュウは少しだけ迷ったものの、なんというかもう、この状況で過度な警戒をすることは馬鹿らしいように思われた。
彼女はオークに近付くと、鍋の前に堂々と腰を下ろす。
鍋はぐつぐつと煮えていて今にも吹きこぼれそうだった。
「……あんた、何?」
ややあって、ミュウは手短に聞いた。
「ただのオークじゃないでしょう? いくら変異種だとしてもさすがに知能が高すぎるし、何よりそのデタラメな戦闘力。並の魔物ではないはずよ」
「その話、飯を食いながらでいいでごわすか?」
「食べないわ」
「む?」
「食べないと言ったの! 何を入れたか知らないけど、どう煮込んだって魔物は魔物! 人には劇物なんだから!」
ビシッと指を突きだし言うと、オークキングとエルフの少女はどちらも「?」という顔をした。「何言ってるんだ、こいつは?」的な、非常にむかつく顔である。
オークはしばらく考えたあと、まるで諭すように話を始める。
「確かにな、この森に住む生き物は奇妙な奴らばかりでごわす。普通に食べるとひどい味がして、とうてい食えたものではないが……しかしな、ピュウ?」
「ミュウよ!」
「ならば、ミュウ。これはちゃんこにごわすから、そういう奴らも食えるでごわすよ」
「ちゃんこって何よ!?」
「ちゃんこはちゃんこ。それ以上でも以下でもない」
オークはまるで謎掛けみたい訳の分からない言葉を返した。
多分この鍋のことなのだろうが、ただ煮たところで魔物の毒素を取り除けるとは思えない。
と、隣にいるエルフの少女が、すごく控えめにローブの端をくいくいと引いてミュウを見た。
「あの、ね? タカマサの、ちゃんこ。おいしい、よ?」
「嘘よ」
「う、うそじゃない、よ? ほんと、だよ?」
その大きな目は濁っておらず、うるうるとした碧い瞳には困惑するミュウの顔が映りこんでいた。先ほど泣かせてしまったことに、なぜだか罪悪感が湧く。
が、しかし、ミュウは咳払い。
改めて決意を表明する。
「いい、オーク? 誰がどんなこと言おうとも、あたしはこれを食べないわ! こんなただ、やたらいい匂いがする得体のしれない魔物鍋! 死んでも食べるもんですか!」
「む、そうか。それは残念にごわすな。まあ、でもどうせ蓋さえ開ければ、お前さんも我慢できなくなろう」
「ハッ! 抜かしなさい、クソオーク! このあたしがそこまで浅はかと思う? 大方あたしを餌付けして情報を吐かせる魂胆でしょうけど、あいにくそうはいかないわ!」
「意地でも食わぬつもりだと?」
「ええ、そうよ! アルハンゲルの名に懸けて、お前の卑劣な作戦なんかにあたしは絶対屈しない!」
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