第11話:我が名は猫耳魔法使い

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ…………はぁ……はぁ……はぁ…………」


 絶壁に隔たれた谷の向こう岸。

 その対岸の洞窟の中で貴政は息を荒げていた。


 言うまでもなく原因は、彼が直前に発動した、奥の手〝翔去流とびざる〟。気を大量に放出するあの技を使用したために、彼の体力は一気に削られ、一時的に肩で息をしているのだ。


 クゥは心配そうな目で「タカマサ? タカマサ?」と彼の体をさする。


「案ずるな」と貴政は言った。

 ダメージを受けたわけではない。

 このままここで、やりすごせれば、じきに元の状態に戻るだろう。


 だが懸念すべき点もあった。

 呼吸が乱れてしまった今、戦闘になればしばらくの間、新たな技を使えない。


 それでも貴政はクゥのために「大丈夫」だと繰り返した。

 何しろここは対岸であり、貴政自身、奥の手を使わなければ辿り着くことができなかったような場所だ。


 貴政はクゥを抱きしめた。

 そのあたたかな体温と、胸の奥から伝わるちっちゃな鼓動が疲弊した彼に勇気を与える。


「――そこまでよ!」

 

 その時だった。

 鋭い声が木霊した。

 まるで役者や声優のような、芯のある、そして若い声。 


「やっぱりあたしの読み通り! 臆病者のオークのことだから、ああやって脅せばこういう場所に隠れることはわかってたわ!」



 こつこつという足音が響き、誰かが洞窟に侵入してくる。

 貴政はクゥを背中に庇い、その人物からの攻撃に備えた。

 だが太陽が逆光となって相手の姿はよく見えない。


「観念なさい。さっさとあたしに倒されて、その女の子を解放するのよ!」


 そう言いながらその人物は洞窟の入り口を越えて来た。

 それにより逆光が解除され、人物の全貌が明らかとなる。


「ね……ねねね…………!」


 しかし、貴政はプルプル震える指で相手を指し、


「猫ちゃんでごわす!」


「どぁれが猫ちゃんよ!」


「ね、猫ちゃんがしゃべったでごわす!」


「猫ちゃんじゃねぇつってんでしょうが! 丸焼きにすんぞコンニャロウ!」


 甲高い罵声が響き渡るが、突如現れたその人物は、そう言う以外にないような容姿をしていた。


 まず目を引くのはその髪だ。

 うなじの辺りで二束に分けた、腰まで届く淡いアッシュブルーの髪と、エメラルド色の綺麗な瞳。そのコントラストは現実世界に存在する猫、ロシアンブルーを思わせる。


 年は十代中頃か。

 現実世界のブレザーにフリルを足した装いに、マントとフードの格好は、学生の身分を隠した魔法使い、そんな印象を貴政に与えた。


 だが一番の特徴は、フードに開けられた2つの穴から可愛らしくぴょこんと突き出した、いわゆる「ネコミミ」部分だろう。コスプレとかでは断じてない。なぜなら、それは少女の感情に合わせピクピクと揺れているからだ。


「じゅ、獣人……」


「ええ、そうよ。獣人種リカントだけど、だからってなんか文句ある?」


「あ、いや、すまぬ。元の世界だとアニメとかの中でしか見たことなかったから、びっくりしちゃったのででごわす」


「元の世界? 一体、何を言ってるの?」


 貴政の発言に眉をひそめる少女。

 とはいえ逆の立場なら、彼も同じことを思ったろう。


「まあ、いいわ。とりあえず、あんた。人間の言葉がわかるのね? なら今の状況もわかるでしょ、自分が追い詰められてること?」


「さあ、それは……どうでごわそう?」


「強がったって無駄なんだから。別に、あたしだって鬼じゃないわ。もし抵抗せずその子を離すというのなら……そうね、痛くないように殺してあげるわ」


「この子は、どうなるのでごわす?」


「さあ、そこまでは知らないわ。知る必要もないでしょう?」


 少女は無常にそう言い切った。

 どうやら話にならなさそうだ。

 貴政はクゥを後ろに下がらせると、片足を天高く突き上げて、そしてドンッと四股を踏む。


「申し遅れた。おいどんの名は飯屋貴政めしやたかまさという。四股名は〝伊勢之海いせのうみ〟にごわす」


「な、なによ、急に?」


「挨拶でごわす。おいどんの故郷では、これから戦う相手にはまず名乗るのが礼儀とされていてな、女子供でも関係ない。お主はなんと言うでごわすか、猫ちゃん?」


「だから猫ちゃんじゃないっての! ミュウよ、ミュウ! これでいい!?」


「なるほどな。それではミュウ、確認でごわす。なぜお主たちが追いかけてくるのか、どうしてクゥを狙うのか、皆目見当もつかんでごわすが、話し合いの道はないのでごわすか? 和平の道はあり得ぬか?」


「和平って、何言ってんのよオークのくせに! 命乞いでもするつもり!?」


 ミュウと名乗った猫耳少女は不遜な態度を崩さず言った。

 それで貴政は決意する。

 戦わざるを得ないのだと。


「クゥの安全を脅かすのなら、おなごであっても容赦はできん」


「あら、なに勘違いしてるのかしら? あんたの相手はあたしじゃないわ?」


「む?」


「あいにく、この街にはあたしに見合った戦士職ウォリアーがいないみたいでね。だからズルさせてもらうわよ」


 言いながらミュウはローブから皮の袋を取り出した。

 彼女はそれに手を突っ込むと、中に入っていた尖った石――サメの歯の化石のようなもの――たちを、まるで種でも蒔くように洞窟の地面に散布する。


「竜牙に宿る怨霊よ! 我を守りし盾となり、我が敵を討つ矛となれ!」


 直後、ボコッと地面が盛り上がり、土の中から目を出すように「何か」がそこから這い出て来た。


 貴政は「なっ!?」と目を見開き、クゥは怯えて目を閉じる。


 土の中から出でしもの――それは合計7体の〝骸骨の剣士〟だったのだ。

 ミュウが木の杖を振り上げると、それらは冷酷なしもべのように貴政の下に殺到して来た。

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