第一章

第4話:よくある召喚的なアレ

 鬱蒼と茂る森の中、木漏れ日が何かを照らしていた。

 黒く、大きな塊だった。

 それはのそりと身を起こし、自らを覆う黒い服――学ランに付いた土を払いのける。


「ん、ぐむぅ……はて、ここは?」


 そして、そんなふうに言葉を発した。

 その声の主は、貴政だった。

 開いてるのがわかりにくい線のように細い彼の目は、周囲をぼんやり見渡していた。


 どうやら森の中らしい。

 だがサツマではないらしく、聞いたことのない鳥や獣の鳴き声がギャーギャーと耳朶を打っていた。ここはアフリカのジャングルや、アマゾンのような場所なのだろうか?


 そう思い、腰を上げかけた彼の脳裏に記憶がフラッシュバックする。


「~~~~~~~~~ッ!?」


 それは生々しい〝死〟の情景だった。


 思わず膝を突いてしまった彼は、サツマ男児にあるまじき蒼白な顔で自身の胸に手を当てた。ふくよかな脂肪に覆われた太い肋骨の中にある「それ」は、ドクン、ドクン、と脈打っていた。

 どういうわけか生きている。外傷なども特にない。


 思案した彼は、こわごわと自身の頭のてっぺんに触れた。


 すると、ある。

 確かに、ある。


 マゲはしっかりと結われていた。

 ほっとした気持ちになった貴政は、ようやく重い腰を上げる。


「ここは……天国でごわそうか? にしては、妙でごわすなぁ」


 そう独りごちるのも無理はない。

 なぜなら彼には体があったし、五体に宿った感覚は生前のそれと変わらなかった。


 空を見上げれば眩しいし、陽光を当てた手のひらには、そのあたたかみが感じられる。夢というのもないだろう。試しに頬をつねってみると、案の定にぶい痛みがある。


「しかし、おいどんは、あの裏路地で、確かに事切れたはずなのでごわすが……」


 貴政は、むぅ、と考えこみ、だが、そうするのを途中でやめた。

 多分、考えてもわからないことだからだ。


 脳まで脂肪でできているというのはサツマ男児を表す慣用句だが、その典型である彼は熟考を好まなかった。なんにせよ、ここがどういう場所かを知る必要があると彼は思う。


 ゆえに少年は息を吸い、


「関取の呼吸、ろくの四股――〝把握法はくほう〟!」


 そして力強く四股を踏む。


 すると貴政の体から陽炎のようなオーラが立ちのぼり、周囲のおおまかな状況をその五感へとリンクさせた。


 すると遠方で声がする。〝呼吸〟を使っていなければ、周囲の鳴き声に阻まれ耳には入らなかっただろう。


(むっ、これはっ!)


 貴政は五感を研ぎ澄ませた。

 なぜなら、それは明らかに人間の〝悲鳴〟だったからだ。


 それも、ただならぬ声であり、正義感の強い少年の足を動かすには十分すぎる理由があった。彼は「どすこい!」と気合を入れて地面を強く踏みしめると、巨体に見合わぬ素早さで悲鳴の下へと疾駆する。


 果たして、現場に到着するには、ものの数分とかからなかった。

 しかし、どうにも様子がおかしい。


 彼は茂みに身を隠し、状況を把握しようとする。


 見ると前方に岸壁があり、そこに複数の影があった。

〝巨漢〟である。

 貴政をしてそう思わせるほどの異様な体躯の連中が、こちらに背を向けそびえていたのだ。


(な、なんで、ごわすか……あいつらは?)


 少年を驚愕させたのは、その連中の風貌だった。

 そいつらの肌はまるで毒草のようなくすんだ緑色をしていたのである。


 そして寸胴の体の上には、頭髪などを一切持たないブタに似た頭が乗っている。

 どこをどう見ても人外だった。その生々しい質感からして着ぐるみなどではないだろう。


(数は四……いや、五体)


 貴政はそれらを冷静に、気配を殺して観察した。


 その連中は皆、肩に原始的な棍棒のような武器を担いでおり、最も小柄な個体でさえも二メートル以上の上背があった。中でも最も大きいものがその群れを率いているようであり、そいつの肩には棍棒の代わりに、粗末なボロ布を着せられた小柄な影が抱えられていた――恐らく、悲鳴の主だろう。


 貴政はカッと〝開眼〟して相手の強さを測定する。


(平均的な〝力死力リキシー〟は三、あのデカイのは五でごわすか……)


 力死力リキシー――それは一度の攻撃で、無抵抗な一般力士を一度に何人屠れるかを示す単位である。


 もちろん、それは基準にすぎず、総合的な強さの判断材料にはならないが、少なくとも目の前の化け物の首領は、サツマ連邦の猛者たち5人を屠るほどのパワーを秘めているということになる。


 数からしても、明らかに不利。


 が、貴政は目下の状況――自身が庇護すべき、か弱きものが、捕えられている状況――を、看過することができなかった。


 だから、そう、彼は拳を握りしめ、茂みを飛び出したのだった。

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