終わりだけど、始まりの物語。
茶ヤマ
side 春木
「ねえ、春木。『100話目の話』、もう決めた?」
文芸サークルの部室にて、花澤先輩はそう尋ねてきた。
「……まだ、です」
俺は顔を背けながら答える。
そりゃそうだ。まだ決まってないどころか、全然書けてない。
今年の学園祭、文芸サークルは「100話アンソロジー」という企画をやる。
各部員が自分の「とっておきの話」を書いて、一冊の本にまとめるというもの。
そして俺は、なぜか最後の「100話目」の担当に選ばれてしまった。
理由は簡単。
「春木、どうせ最後まで書くの遅いんだから、締めにちょうどいいよね!」
――そう言って笑ったのが、花澤みのり先輩だった。
ちょっと冷たくて、でも妙に魅力的で、サークル内でも男女問わずに人気がある人だ。
誰にも心を開かないって有名だけど、俺はたまたま、去年の春、落ちていたUSBメモリを拾ったのがきっかけで、少しだけ距離が縮まった。
拾った時、誰の物かわからなかったから、悪いかな、と思いつつ開いてみてしまった。
あの中に入ってた短編は、信じられないくらい繊細で、優しくて。
すべての作品の最後に、書いた人の名前がちゃんと書かれていたため、誰のものか判明した。
俺はただ、泣きそうになりながら、黙って返した。
以来、先輩は時々俺に「話」をくれる。
それは書きかけの小説のネタだったり、子供のころの思い出だったり、誰にも話したことのない夢の話だったり。
……それは、まるで、秘密の宝箱をそっと開けて見せてもらっているようだった。
「春木、あんた、私の話、忘れてないよね?」
「……全部、覚えてます」
「じゃあ、100話目。書けるでしょ」
俺はそのとき、はじめて気づいた。
これは「記念」なんだ――彼女との、100個目の話。
俺は緊張しながらノートパソコンを開いた。
深呼吸して、最初の一文を書き始める……。
『これは、僕が出会った、世界で一番不思議な先輩の話だ。』
物語の中で、俺は花澤先輩と出会い、話を聞き、少しずつ変わっていく。
先輩がくれた話は、どれもまるで宝物みたいで。
気づいた時には、それを読んでくれる誰かのために、俺も書いていた。
そして――学園祭当日。
文芸サークルの本棚に、「100話目の話」が置かれた。
最後のページには、こんなあとがきをつけた。
「この話は、僕が大切な人にもらった“宝物”です。
それはきっと、あなたにも届くと信じています。」
そのあとがきを読んで、花澤先輩はほんの少し、微笑んだ。
「……まあまあじゃん。ちょっと泣きそうになった」
「ちょっとだけ、ですか?」
「……バカ。すごく、だよ」
彼女は照れくさそうに言った。
それが、俺にとっての、一番大切な話になった。
終わり、そして何かの始まり……
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